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「いや、夕方にメールがあったから、帰りがけに家に様子を見に行った。彼女だけ残ってたな。他は全員、病院に向かったそうだ」
予想外の事を聞いた淳は、何気なく尋ねてみる。
「気落ちしてたか?」
「業者にバリバリ指示を出していた」
それを聞いて何とも言い難い顔付きになった淳だったが、ぼそりと感想を述べた。
「……その方が、却って良いかもな」
「そうだな」
それからは二人は無言で歩き、無事に通夜が始まる前に藤宮邸に到着し、受付を済ませて上がり込んだ。
如何にも旧家らしく、繋がっている幾つかの和室の襖を取り払ってできた長方形の広々とした空間の向こうに、どうやら昨夜のうちに納棺を済ませたらしい白木の棺と祭壇が設置されていた。一般客である二人は神妙に手前の席に腰を落ち着け、ゆっくりと前方に左右に分かれて座っている、故人の近親者や関係者が座っている場所に目を向ける。
本来親族が座る右側の最前列には、正式な喪服である黒紋付きの羽織袴姿の昌典と、その横に黒の五つ紋付きに身を包んだ美子が座っており、二人とも無言でその周囲を眺めているうちに僧侶がやって来て正面の席に着席し、読経が始まった。
しかし最初のうちは神妙に俯いていた淳が、いつの間にか自分の方に顔を向けて、その向こうの何かに真剣な視線を送っているのに気が付いて、小声で尋ねる。
「淳。どうした?」
「うん? ああ、ちょっと……」
窘められても、言葉を濁しながら何かに視線を向けている友人に、秀明は不審の目を向けてから、さり気なく淳が見ていたであろう方向に視線を向けて見た。
(何だ? 親族席の方に、何かあるのか?)
常には見られない、友人の落ち着きのないふるまいが気にはなったものの、さすがに秀明もしめやかな場で追及するわけにもいかず、そのまま大人しく読経に聞き入っているふりをした。
それから少しして読経が続く中、焼香が始まり、親族や関係者の焼香が済んでから、参列者の焼香が始まった。秀明達も順番を待ちながらそれとなく遺族の様子を眺めていたが、制服姿で開始当初から泣き続けていた美野と美幸程ではないにしろ、美恵と美実も泣き腫らしたと分かる顔で目も赤くなっていた。しかし喪主である昌典はさすがの風格で微塵も動揺を見せておらず、美子も冷静に会葬者に挨拶して受け答えしていた。
「藤宮さん、この度はお悔やみ申し上げます」
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