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「この度は、誠に突然のことで……」
焼香を済ませてから二人で喪主の前に正座して頭を下げると、昌典が穏やかな声で言葉を返した。
「やあ、江原君、小早川君。揃って来てくれるとは。深美も喜んでいるだろう」
「お忙しい中、足をお運び頂きまして、ありがとうございます」
父親の横できちんと喪服を着こなした美子が、両手を付いて礼儀正しく頭を下げるのを気遣わしげに眺めてから、二人は余計な事は言わずにすぐその場を離れた。
そして藤宮邸を出て歩き出し、駐車場の近くまでやって来て周囲に人目が無いのを確認してから、秀明が淳の肩を掴んで足を止める。
「ところで、淳。お前読経の間、何がそんなに気になっていたんだ?」
どうにも誤魔化しが利かない雰囲気の中、淳は冷や汗を流しながら話し出した。
「それが……、右側の末席の方に座っていたから、藤宮家の遠縁だと思うんだが、夫婦らしい中年の男女が話していたんだ」
「口の動きを読んでたのか。それで?」
悪友の知られざる特技の一つを思い出した秀明は、納得して話の続きを促したが、途端に淳が言い渋った。
「……怒らないか?」
その台詞に、秀明は半眼になりながら催促する。
「さっさと言え」
「人の頭越しだったし、全ての会話を確実に確認できたわけじゃ無いんだが……」
「淳」
弁解がましく言い出した淳だったが、最後通牒の如く低い声で名前を呼ばれて、抵抗するのを完全に諦めた。
「主に喋ってたのは女の方だったんだが……、『娘ばかり五人も産んで息子は一人もいないなんて、何て役立たずだ』とか『婿養子の分際で大きな顔をして』とか『再婚とかでこの家に変な女を連れ込まれたらどうするの』とか『涙一つ見せないなんて、母親同様、なんて可愛げのない』とか……」
「…………」
秀明から微妙に視線を逸らしつつ、ぼそぼそと告げてからも相手が黙っている為、淳は思わず彼に顔を向け、次の瞬間それを激しく後悔した。
「あ、あのな? その……、本当にその通り言っていたかどうかは、確証は持てないんだが……」
感情らしき物を一切感じさせない秀明の表情に、淳は盛大に顔を引き攣らせながら弁解がましく口にしたが、秀明は容赦なく追い詰めてくる。
「勿論それだけではなくて、他にも色々言ってたんだろうな?」
「ああ……、まあ、な。……一応、藤宮さんの耳に入れておいた方が良いか?」
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