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慌てて呼びかけた美子に、美恵は気分を害した様に言い返して立ち去り、美子は再度溜め息を吐いた。そこで何気なく壁に目を向けた彼女は、昨日受け取ってそのままリビングボードにおいてあったビニール袋に気が付き、立ち上がってそれを取りに行く。
「今日も、忘れないうちに飲んでおこう。確かにあまり眠くならなかったものね」
そうして箱を一つ取り出し、中の瓶の中身を勢い良く飲んでから、美子は残った一つを見下ろしながら呟く。
「後は明日の朝か。結構役に立っているかも」
そう言って、一瞬秀明の事を思い出しながら苦笑いした美子は、すぐに意識を切り替え、明朝からの段取りと準備を整える事に集中した。
翌日の深美の葬儀と告別式の朝。滞りなく準備を進めていたにも係わらず、美子にとって予想外の事態が発生してしまった。
「すみません、田野倉さん。今から都合は付きますか?」
藤宮家はこれまで何度も法事などで同じ料亭から料理人と仲居を派遣して貰っており、美子がすっかり顔馴染みになっていたベテランの田野倉に、廊下の隅で人目を憚る様にしながら事情を説明すると、きちんと着物を着こなした彼女は、全く動じずに笑顔を返した。
「大丈夫ですよ、美子さん。多少の人数の増減など、想定のうちです。こちらはプロですから」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
「お任せ下さい」
安堵して頭を下げた美子だったが、田野倉は笑顔で請け負ってから不思議そうに問い返した。
「朝になって急に、遠方にお住まいの方が連絡も無くお見えになったのですか?」
「いえ、都内在住の方ですが、普段それほど親しくしていないのに、何故か息子さんを二人同伴して来まして。骨上げにも参加させると言い出したものですから」
苦々しげに口にした彼女に、田野倉が益々怪訝な顔付きになる。
「平日に、ですか? 何かで学校がお休みだから、連れていらしたんでしょうか?」
「二人とも社会人です」
「まあ……」
そこで田野倉が何とも言い難き顔付きで黙り込むと、廊下を制服姿の美野が小走りにやって来た。
「美子姉さん。ご住職と副住職がいらしたわ。今お父さんが挨拶してるの」
「分かったわ。今行くから」
「お膳の方はお任せ下さい。調理師に伝えておきます。器類も予備がありますから大丈夫です」
「お願いします」
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