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(仮にも葬儀の席で、何非常識な事を言ってるのよこの人。第一、どうして自分の息子を、そこまで恥ずかしげも無く売り込めるわけ? 頭がおかしいんじゃない!?)
美子はもはや呆れるのを通り越して、怒りしか湧いてこなかったが、表情を消して必死でそれを抑え込んでいる美子を見てどう思ったのか、珠子は一層熱を入れて喋り続けた。
「やはり家の中に若い男性がいれば、他から舐められたりしないものよ? 対外的にも後継者がいると分かって、安心して貰えるわ。息子達もね? 藤宮家の為ならすぐにでも今の職場を辞めて、旭日食品に入社して構わないと言ってるのよ?」
あまりにも非常識過ぎる申し出に、完全に静まり返った室内のあちこちから非難や怒りの視線が向けられているのを察した橋田が妻の袖を引いて小声で窘めた。
「お、おい、珠子。幾らなんでもこんな場で、そんな事を」
「五月蠅いわね、大事な所なんだから、あなたは黙ってて! ほら、正輝も剛史も顔を合わせるのは久しぶりでしょう? 美子ちゃんに挨拶して」
「母の言う通りですよ。安心して下さい、美子さん」
「俺達で立派に、旭日食品を支えていって見せますから」
(へえぇ……、こんな三文芝居の当事者になるとは、夢にも思って無かったわね)
どうやら空気の読めなさっぷりは母親並みだったらしい息子二人は、調子の良い事を言いながら美子に向かって愛想笑いを繰り出したが、当然美子は微塵も感銘を受けなかった。
「そうなると、お二人ともすぐに旭日食品に入社して頂けると?」
「ええ、勿論よ」
「ですが、来年度の採用試験は既に終了していますから、再来年度の採用試験をお受けになって下さいね。優秀な人材なら、旭日食品は適正な入社試験を受けて頂ければ、いつでも採用する筈ですから」
「そ、そこは、藤宮家の方で何とか上手く」
さらりと正論を述べた美子に、珠子が焦りと媚びを同居させた様な表情で何かを言いかけたが、美子はそれを遮りながら涼しい顔で話を続けた。
「確かに旭日食品には、藤宮家の縁戚の方が何人も入社しておりますが、皆さんきちんと入社試験を受けて選抜を通った、優秀な方ばかりです。それに間違ってもコネ入社などと陰口を叩かれない様に、仕事で人一倍実績を出している方ばかりですわ。正輝さんも剛史さんも、無事入社されたら頑張って下さい。お母様が自信を持ってお勧めする位ですから、さぞかしご優秀なんでしょうし」
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