第1章 母との別れ

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 食べ終えてから美子が台所で洗い物をしていると、台所の入口に寄りかかる様にして美恵が尋ねてきた。しかし美子はチラッと背後に視線を向けたものの、すぐに向き直って洗い物の手を止めないまま言い返す。 「質問するつもりなら、もう少し分かりやすく聞いて欲しいんだけど?」 「母さんの具合、そんなに悪いわけ?」  単刀直入に切り込んできた美恵に、美子は水の流れを止めながら淡々と告げた。 「そうよ。あなたも、そのつもりでいて頂戴」  未だに自分達に背中を向けたままの美子に、美恵は無言で顔をしかめてから、問いを重ねた。 「それは分かったけど……、薄々感づいてる美実はともかく、あの子達はどうするの?」  下二人には知らせないままなのかと、暗に責める様に告げると、美子は再び水を出しながら応じた。 「そのうち、私かお父さんから伝えるわ」 「そう……。それなら私からは余計な事は言わないわ。美実にもそう言っておくから」 「お願い」  相変わらず背中を向けたままの姉に、物言いたげな視線を向けたものの、美恵はそれ以上突っかかる様な真似はせず、黙ってその場を去った。  ※※※  平日ではあったが、偶々休日出勤の代休を午後から取った秀明は、昼食を済ませてから深美の入院先へと足を向けた。 これまで通り面会の受付をして病室に向かった秀明だったが、ここで病室内の変化に気付く。 「深美さん……」  どうやら熟睡しているらしい深美の、口と鼻をきちんと覆っている透明な立体型のマスクと、壁に付けられたコポコポと音を立てているボトルや床の小さなボンベを少しの間無言で見下ろしていると、ドアが開いて美子が現れた。 「あら……、来てたのね。今日は仕事じゃなかったの?」 「午後から代休でね。これはいつからだ?」  目線で問うと、美子は冷静に答えた。 「三日前からよ。心機能と平行して、肺機能も低下しているみたいで、血中酸素濃度と動脈血中酸素分圧が低下しているのが分かったの。まだ症状としては軽い方だから人工呼吸器じゃなくて酸素吸入器だけだし、起きている時は外す事に様にしているしね。食べる量もかなり減っているけど、可能な限り経管栄養とかには切り替えない方針になっているわ」 「……そうか」  説明を聞いて神妙に頷いた秀明を見て、ここで美子は失敗したと言う様な表情で言い出す。
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