第1章 母との別れ

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「家族や身内には確実に起きている時間に見舞いに来る様に、さり気なく誘導してみたけど、あなたに言うのを忘れていたわね」  自分が数に入っていなかった事は気にせず、ここで秀明は別な懸念を口にした。 「妹達には説明したのか?」 「美恵と美実は、見舞いの制限を告げた段階で察したわ」  その言葉の裏側を悟って、秀明が軽く眉を顰める。 「美野ちゃんと美幸ちゃんには?」  その問いに美子は直接答えず、秀明の手にしている物に目線を合わせながら片手を差し出した。 「まずはお花ね。お茶はその後に出すから、ちょっと待ってて」 「それはどうも」  皮肉っぽく笑いながら小ぶりの花束を差し出した秀明からそれを受け取った美子は、棚にしまってある花瓶を取り出して病室を出て行った。そして彼女が花を活けて戻って来る間に、ベッドサイドに椅子を出して座っていた秀明は、窓際に花瓶を飾ろうとしている美子の背中に、声をかける。 「それで? 下の二人には、いつまで隠しておくつもりなんだ?」 「……どうしようかしらね?」  何やら花の配置を直しながら、問い返す様に呟いた美子に、秀明は軽く眉根を乗せてから口調は笑いを堪える様に言ってみた。 「赤の他人に意見を求めるとは、らしくないな」 「誰もあなたの意見なんか求めていないし、ちょっと口にしてみただけよ」 「それは悪かった」 「第一、『らしくない』って言うなら、『私らしい』ってどういう事よ?」 「分かった。悪かった、降参だ」  振り返ってきつめの眼差しを向けてきた彼女に、秀明は両手を軽く上げて降参の態度を示す。すると美子は面白く無さそうに棚からカップとティーバッグを取り出して、無言のまま部屋を出て行った。 「相変わらず、俺の前では不機嫌そうだな」  苦笑しながらそんな事を呟いた秀明は、また眠っている深美の顔を無言で眺めた。すると戻って来た美子が、両手に持っているカップの片方を、秀明に差し出す。 「どうぞ」 「どうも」  秀明が受け取ると、美子は秀明とはベッドを挟んで反対側に椅子を出し、それに腰を下ろした。そして二人で無言で何口か紅茶を飲んでから、秀明が徐に口を開く。 「この前の……」 「何?」 「弁当が美味かった」 「はぁ?」  一瞬何を言われたのかが分からなかった美子は、まじまじとベッドの向こう側にいる秀明の顔を眺めてから、呆れた様に言い返した。
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