第1章 母との別れ

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「いきなり何を言い出すのかと思ったら、今更?」 「直接、顔を合わせた時に言おうと思ったからな」  あくまでも真顔を崩さない秀明に、美子が肩を竦める。 「そんなお世辞、それこそらしくないわよ。人の事を言えないじゃない。美味しかったのなら、食べている時に誉めなさいよ」 「美味しかったのは勿論だが、他の事に気を取られていた」 「他の事って?」  不思議そうに首を傾げた美子に、秀明は本当に彼らしくなく若干躊躇する様な素振りを見せてから、静かに言い出した。 「深美さんに弁当を作って貰った時の中身と、この前の弁当のおかずの種類がほぼ同じで、重箱と味付けが同じだった」 「え?」  再び当惑した顔付きになって、瞬きを繰り返した美子は、当然の疑問を口にした。 「ちょっと待って。どうしてお母さんと入院中に知り合ったあなたが、お母さんにお弁当を作って貰えるのよ?」 「今まで隠してたが、俺が深美さんと知り合ったのは、前回の入院中だ。彼女が退院してから、何回か外で会ってた」 「何ですって?」  本気で驚いた美子に向かって、秀明は真顔で打ち明け話を続ける。 「勿論社長は知ってたぞ? 深美さんが『昌典さんが嫉妬しないように、秀明君とデートだってちゃんと言っておくわね?』って言ってたから。……そのせいで、その翌日とかに会社で嫌がらせめいた事をさせられたり、言われたりしたが」  最後の方は若干目が泳いでいた秀明を見て、美子は微妙に顔を引き攣らせた。 「……父が意外に嫉妬深くて、心が狭い事を初めて知ったわ」 「それで二人でどこかに行こうかという話になった時、深美さんが『ピクニックしましょう』と提案したんだ」 「母はどうして、ピクニックをしたがったのかしら?」  素朴な疑問を口にした美子だったが、それに秀明ははっきりと苦笑いと分かる笑みを浮かべながら話し始めた。 「俺の母は忙しく働いていて、普段どこにも連れて行って貰えなかったんだが、亡くなる直前何を思ったか、突然『秀明の好きな物一杯入れてお弁当を作って、ピクニックに行こう』とか言い出したんだ」  そこでいきなり話題が変わった事を不思議に思いつつも、美子は話の先を促した。 「それで? 二人で行ったの?」 「俺が『何で休みの日に、わざわざ早起きして弁当作って出かけなきゃいけないんだ。ゆっくり休んでろよ』と言って、結局行かなかった」 「それは……」
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