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そしてバッグの中に、美子が渡された封筒をしまい込むと、手早くシャワーだけ浴びて来たらしい秀明が、部屋に備え付けの前開きタイプの寝間着に着替えて、バスルームから出て来た。
「このまま掛けておけば、朝には乾いてるよな? 出勤前に、一度家に戻って着替えるし」
ブツブツとそんな事を呟きながら、着ていた服を抱えて出て来た彼は、手早くクローゼットにワイシャツやスラックスを掛けてから、何となく無言で彼を凝視していた美子に向き直り、不思議そうに声をかける。
「何を呆けてるんだ? 風呂を使って良いぞ?」
それを聞いた美子は、弾かれた様に立ち上がった。
「あ、ええと……、疲れたから顔を洗うだけにするわ」
「そうか。じゃあ、先に寝てる」
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
そしてさっさとベッドに入って掛布団に潜り込んだ秀明を眺めてから、美子はコスメ用品を手にしてバスルームへと向かった。
(ええと、本当に大人しく寝るわけ?)
備え付けのヘアバンドを使って顔を洗い、いつも通りのケアを行いながら困惑しきりの美子だったが、恐る恐るバスルームから出て来て相手の様子を窺っても微動だにしていない為、段々腹が立ってきた。
(何かもう、熟睡しているみたいだし。一人で変に意識した私が、馬鹿みたいじゃない。じゃあ手を出して欲しいのかって言えば、そうじゃないけど……)
秀明と自分、双方に理不尽な腹立たしさを覚えながら、美子は寝る為に長襦袢姿のままで掛布団に潜り込んだ。
(この人にしたら、別に私なんか相手にしなくても、不自由はしないんでしょうけどね。全くムカつくったら)
そして腹立たしさで眠れないかもと密かに思っていた美子だったが、色々目まぐるしく状況が変化して精神的に相当疲れていたのか、布団に潜り込んで五分もしないうちに、正確な寝息を立て始めた。それから十分程して、実は寝ていなかった秀明は、隣で寝ている美子を起こさない様に慎重に上半身を起こす。
「さて……、寝たよな? あと一つ、やっておかないと」
そう呟いて床に降り立った秀明は、テーブルの上に置いておいた携帯を片手に、バスルームへと向かった。そして脱衣所に入るなり、電話をかけ始める。
「夜分恐れ入ります、社長」
「全然恐れ入っている様に聞こえないのは、俺の気のせいか?」
打てば響く様に返って来た声に、秀明は思わず笑ってしまった。
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