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「それは気のせいですよ。しかし、如何にも待ち構えていたと言う感じで、出ないで貰えますか? それにもういいお年ですし、そろそろ夜更かしは翌日に響くのでは?」
茶化す様なその物言いに、昌典が気分を害した様に言い返す。
「平気で電話をかけてきた人間が何をほざく。第一、俺はまだ五十代前半だ。それよりも」
「以前言われた事は、遵守していますから。安心して、お休みになって下さい」
「……本当だな?」
若干疑わしそうに確認を入れて来た昌典に、秀明は相手に聞こえる様にわざとらしく溜め息を吐いてから言葉を返した。
「社長に嫌われたくありませんから。深美さんの次に、社長の事は好きですし」
「深美の次だと?」
「はい」
「それなら美子は?」
その問いに、秀明は一瞬真顔で考えてから、彼なりに正直に答えた。
「……社長の次でしょうか?」
「もういい。寝る」
そこで唐突に通話が終了された為、秀明は「微妙に怒らせたか?」と苦笑しながら携帯を耳から離した。
「さて、寝るか。睡眠不足で仕事にならないなんて事、社長が許す筈も無いしな。確認の為に、わざわざ俺の部署に乗り込んで来そうだし」
そしてベッドに上がって再び掛け布団に潜り込んだ秀明は、寝返りを打ったのか、いつの間にか自分と向かい合う形で熟睡している美子の顔を眺めながら、物憂げな表情で囁く。
「二回目だからな……。俺は本当に平気ですよ、深美さん」
そして秀明は、可能な限り睡眠時間を確保すべく、静かに両目を閉じて眠りについた。
明るい照明の下で自然に目を開けた美子は、見慣れない天井を見て、あまり働いていない頭で現状を考えてみた。
(ええと……、ここはどこ?)
目を擦って軽く眉根を寄せた美子に、ここであまり悪いと思っていない様な声音で、声がかけられる。
「ああ、起きたな。悪いがそろそろ身支度をして貰えるか? 近くにタクシーを呼んで、家まで送っていくから」
「……え? は、はい!」
その声を聞いて一瞬にして覚醒した美子は、慌てて起き上がりつつ、自分の服装を確認した。そして寝た時と変わりない長襦袢姿な事に密かに安堵しつつ、先程の内容を頭の中で反芻して、恐る恐る反論してみる。
「あの……、タクシーを拾って、一人で帰れるけど?」
その問いかけに、既にワイシャツとスラックスを身に着け、ネクタイを締めていた秀明は、苦笑いしながら告げてきた。
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