第7章 黒兎の躾

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 美子の挨拶に妹達も唱和し、藤宮家の朝の光景は、表面上はいつもと変わらない物だった。  その後朝食を食べ終え、台所も片付け終わって一仕事終えた美子は、自室に戻ってバッグの中に入れてあった封筒を取り出した。 「さてと、手紙を読んでみましょうか」  そして椅子に座った美子は、机の引き出しから鋏を取り出して慎重に端を切り、どきどきしながら中に入っている、折り畳まれた便箋を取り出す。 「どんな事が書いてあるのかしら?」  そしてそれを広げた瞬間、真っ先に目に入って来た一文に、美子の目が丸くなった。 『美子。困った事に、秀明君は三白眼の黒兎なの』 「……はぁ? いきなり、何?」  全く予想外だった言葉の羅列に、美子は呆然となりながらも目で文章を追った。 『見た目はそんなに悪くないんだから、お愛想振り撒いて耳と尻尾を揺らしていれば、皆に可愛がられる筈なのに、世の中を斜めに見ちゃってて、それが出ている目つきの悪さで台無しになっているのよね』 「世の中を斜めに見てるとかは、納得だけど……」  頭痛を覚えながら、思わず考えを声に出してしまった美子だったが、気を取り直して読み続けた。 『だけど誰かが構ってくれないと、寂しくなって死んじゃうから、狼の皮を被って周りにちょっかいを出して、驚かせては喜んでいる困った子なのよ』  そこまで読んで、美子は両手で便箋を持ったまま、がっくりと項垂れる。 「お母さん……、狼の皮を被ってるんじゃなくて、狼そのものだと思うんだけど? それに構って貰えないと死んじゃうって、ありえない……」  自分の母親は何をどう考えていたのかと、正気を疑いかけていると、次の文で美子は盛大に溜め息を吐いた。 『だから美子に、秀明君の躾をお願いしたいんだけど』 「あのね……、躾って何?」  思わず突っ込みを入れた美子だったが、誰も答えてくれる者はなく、静かな室内に彼女の声が虚しく響く。 『妹が多いから、美子にはお手の物でしょう? 良い事をしたら誉める。悪い事をしたら叱る。基本的な事で良いから。大丈夫。まだまだ矯正は効くわ』 「……狼皮の兎の躾なんて、やった事は無いわよ」  妙に自信ありげな書き方に、美子はふて腐れた様に呟いた。そして早くも、深美の残した文章が終わりを迎える。 『それじゃあ、後の事は宜しく。秀明君と仲良くね』 「……ええと、これだけ?」
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