第1章 母との別れ

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「それでピクニックの話なんだが、深美さんは行く気満々だったが、体調を考えると下手に遠出するわけにはいかなかったからな。社長にどこに行くのが良いか相談したら、『新宿御苑にしろ』と指定されたんだ」  それを聞いて、美子はこの前の一件を思い返した。 「ひょっとして……、だからこの前新宿御苑に行ったの?」 「ああ。何となく外で食べたくなったら、そこが頭に浮かんだ」 「納得したわ。でもどうして父は、新宿御苑を指定したのかしら? 私達は連れて行って貰った事が無いんだけど」 「若い頃、あそこで二人でデートしたらしい。園内を二人で散策している最中、深美さんが当時の事を思い出しながら、『あの時昌典さんがああだった、こうだった』と、盛大にのろけまくっていた」  素朴な疑問に真顔で言い返されて、美子はがっくりと項垂れた。 「……本っ当に心が狭いわね、お父さん」  その心底うんざりした口調に、秀明が思わず笑みを零す。 「バラが綺麗で、歩くのにも良い時期だったしな。深美さんが凄く喜んでた。『一度、息子とデートってしてみたかったのよ』って」  それを聞いた美子は、俯いたままカップの中に残っている紅茶を見下ろしながら、低い声で呟いた。 「やっぱり一人位は、息子を産みたかったのかしらね」  その幾分沈んだ声に、秀明は事も無げに言い返す。 「俺の母は可愛げの無い、反抗期真っ盛りの俺を見て『男の子ってつまらない。女の子だったら飾り立てたり、一緒に仲良く買い物とかもできるのに』とか言ってたがな。俗に言う『隣の芝は青い』って奴だろう」 「そうね……」  しかしそのまま美子が俯いている為、秀明は一瞬舌打ちを堪える様な表情になってから、それを綺麗に消しつつさり気なく話を元に戻した。 「それでその時、深美さんが『頑張っていつもより二時間早く起きて作って来たの。男の子だからこれ位は食べるわよね!』って言われて出された重箱と、あの時の重箱の中身がほぼ一緒で、あの時驚いたんだ」  それを受けて、美子は顔を上げて深美の顔を見ながら考え込んだ。 「『男の子』って何よ……。だけど言われてみれば、確かに母も私も、五人がそれぞれ好きなおかずをあの重箱に詰める事にしているから、自然と内容が似る事になってもおかしくないわね」 「なるほど……、そういう事か。納得した」
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