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一月三日。例年とは打って変わって静まり返っている藤宮邸を、何の前触れも無く従来通り手土産片手に訪れた秀明は、爽やかに挨拶してきた。
「やあ、こんにちは。冬とは思えない穏やかな良い天気で、外出日和だな」
「……どうも。何かご用ですか?」
玄関で出迎えた美子が、その如何にも胡散臭い笑みに警戒心を露わにしながら来訪の向きを尋ねると、秀明が悪びれなく言ってのける。
「今年は年始客も来なくて暇だろうから、ちょっと来てみたんだ」
それを聞いた美子の顔が、僅かに引き攣った。
「あなたは年始客ではないと?」
「冷やかし客だ」
「今すぐに回れ右をして、ここから出て行きなさい!」
ビシッと背後を指して語気強く宣言した美子を、秀明は笑いながら宥める。
「ちょっとした冗談だ。一緒にこれをしようと思ったんだ」
そう弁解しながら、秀明が持ってきた紙袋の一つから、中に入っている箱を軽く持ち上げて見せた為、美子が当惑して再度尋ねた。
「これって……、オセロ? どうして?」
「白黒だから、喪中にはうってつけかと」
ひくっと口元を引き攣らせた美子が、何とか怒りを堪えながら、押し殺した声で問いかける。
「……ふざけてるの?」
「一割位は」
「あのね!?」
さすがにここで声を荒げた美子だったが、ここまで姉の背後で様子を窺っていた妹達が、慌てて玄関に走り出てきた。
「いらっしゃい、江原さん!」
「ささ、どうぞどうぞ上がって下さい!」
「美野! 美幸!」
秀明の手から手土産を受け取り、こぞって上がる様に勧める妹達を美子が叱りつけたが、いきなり美実に腕を掴まれ、半ば引き摺られる様に奥に向かって歩き出す事になった。
「暇なのは事実なんだし、この際少し付き合って貰いなさいよ」
「美実! ちょっと離しなさい!」
宥めすかされながら客間へと進んだ美子は、結局不本意ながら、座卓を挟んで秀明と向かい合う事になった。
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