243人が本棚に入れています
本棚に追加
「それではごゆっくり」
「どうもありがとう、美恵ちゃん」
タイミング良くお茶を淹れて持って来た美恵が二人の前に茶碗を置いて下がると、秀明はこの間ブスッとしていた美子には構わず、先程玄関で見せた箱の中身を取り出して座卓の上に乗せた。
「さて、準備するか」
自分のしかめっ面など物ともせず、秀明がボードの両脇に付いている収納ケースのカバーを開けて駒を取り出した為、美子は益々顔を顰めながら声をかけた。
「ねえ……、まさか本当にオセロをする為だけに、家に来たわけじゃ無いわよね?」
その問いかけに、中央の四つのマスに白黒二つずつ駒を置いた秀明が、顔を上げて不思議そうに尋ね返す。
「それ以外に、ここに来る理由があるとでも?」
それを聞いた美子が、辛うじて怒りを堪えながら呻いた。
「できれば、他を当たってくれないかしら?」
「美子程、暇そうな人間がいなかった」
「だから! 気安く名前を呼ばないでよ!」
「この前は呼び捨てにしても、一々口答えしないで素直に頷いてたのに」
「…………っ!」
しょうがないなとでも言わんばかりの口ぶりに、美子は自分の迂闊さを呪ったが、秀明は平然と話を進めた。
「ところで、準備が出来たから始めたいんだが。色はどちらが良い?」
「白」
「分かった。じゃあ俺が黒で先攻だな。始めるぞ」
(全く、どこまでマイペースなのよ! 仕方がないわ。何回か勝負すれば、飽きるでしょうし。それにしても黒……)
美子の即答に秀明が応じ、手元の駒を一つ取り上げてボード上に置いた。そして挟んだ白の駒をひっくり返す一連の動作を眺めていた美子は、つい深美からの手紙の『黒兎』の箇所を思い出し、無意識ににやりと笑ってしまう。そこで顔を上げた秀明は、その表情を目にして不審そうな顔になった。
「……どうかしたのか?」
「何でも無いわ」
最初のコメントを投稿しよう!