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声をかけられた事で自分の顔が緩んでいた事を自覚した美子は、慌てて気を引き締め、目の前ゲーム盤に意識を集中した。それからは互いに無言のまま、ひたすらに駒を置いたりひっくり返す音が繰り返されていたが、その静けさはそうそう長くは続かなかった。
「…………っ!?」
終盤に入ってから、置く場所が無くなってしまった美子はパスを何度か繰り返し、それを尻目に秀明は次々と白を黒に変えて、全てのマスが埋まった時には白は二つしか残っていない状態であった。
これ以上は無い位の惨敗っぷりに、美子は言葉も無く拳を握り締めて自分に対する怒りに震えていたが、その向かい側で秀明が小さく口笛を吹いて、遠慮のない感想を述べる。
「正直、ここまで勝てるとは思わなかったな。実に壮観だ」
しみじみとした口調のそれを耳にした途端、美子の中で自分に対する怒りは、秀明に対するそれに瞬時に変換された。
「……もう一回」
「え?」
「もう一回やるって言ってるのよ! 勝ち逃げなんか許さないんだから!!」
ドンと拳で座卓を叩きつつ吠えた美子を宥める様に、秀明は苦笑いで応じた。
「了解。それじゃあ罰ゲームに、美子が駒を元通り揃えて貰えるか?」
「やるわよ。やれば良いんでしょう!?」
(くっ、悔しいぃぃっ! ここまで惨敗したのは初めてだわ! 絶対、見返してやる!!)
美子は完全に頭に血を上らせながら白黒の駒を二ヶ所に分けて収納し、それを終えてすぐに再戦となった。……しかしその結果は、美子の希望通りにはならなかった。
「ああ、今回はさっきより善戦したな。白が五つ残ってる」
そんな事を言いながら、どこから取り出したのか、手帳に小型のボールペンで何やら書き込んでいるらしい秀明を、美子が叱りつける。
「何さり気なく記録を付けてるのよ!?」
「ちょっとした記念に。ここまで勝てたのは、記憶に無いから」
(この男、涼しい顔をして! 本当に根性が悪いわね!!)
憤怒の形相で再び駒を揃え始めた美子を、秀明は変わらず笑いを堪える表情で眺めていたが、そんな二人の様子を、ごく細く開けた襖の隙間から、こっそりと覗いていた面々が存在していた。
「どうなってる?」
至急の用事を済ませてから、遅れて合流した美恵が声を潜めて尋ねると、軽く後ろを振り向いた美幸が囁いた。
「美子姉さんが、オセロで三連敗したところ。今は四戦目の準備中」
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