第1章 母との別れ

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 味付けが同じ事はともかく、内容が酷似していた事の理由が分かって、秀明は素直に頷いた。と同時に、当時を思い出して小さく溜め息を吐く。 「だが食べた後、深美さんが糸が切れた様に熟睡してしまったからら、早起きさせてそんなに疲れさせたのかと、あの時かなり焦ったな。起こした方が良いのかどうかと、結構真剣に悩んだし」  恐らく目の前の男にしては珍しく、相当狼狽したのだろうと言う事が口調から察する事ができた美子は、思わず小さく笑った。 「確か二時間早く起きたかもしれないけど、お弁当作りに丸々二時間、根を詰めたって事じゃ無いと思うわよ? 下拵えをしておいた物を調理して詰めて、それをきちんと隠して何食わぬ顔で朝食の準備をするのに必要な時間だったんでしょうし。……だけど本当に、全然気がつかなかったわ。お母さんったら、その時一体どこに重箱と水筒を隠してたのよ」  最後は若干腹立たしげに自問自答した美子を見て、秀明は笑いを誘われた。その気配を察した美子が、皮肉っぽく声をかける。 「でもこの前は、そっちが熟睡してたわよね。一瞬、置いて帰ろうかと思ったわ」  しかし秀明が負けじと言い返す。 「俺が起きた時は、そっちだって熟睡してただろうが」 「だってお天気も良かったし。目の前でひとりだけグースカ寝られたら、腹も立つわよ」 「それは悪かった。確かに全面的に俺の落ち度だな」  素直に笑いながら自分の非を認めた秀明に、美子が途端に警戒する視線を向ける。 「……気味が悪いわね。そこまで殊勝な事を口にするなんて。今度は何を企んでるの?」  その不機嫌そうな顔を見て、秀明は何とか笑い出すのを堪えた。 「素直に謝っているだけなんだがな。じゃあ俺だけ先に寝るのは腹が立つなら、今度は一緒に寝るか?」 「公園で二人でごろ寝って、端から見たら相当変よ? 二度と御免だわ」  如何にも面白く無さそうに顔を背けた美子に、秀明はくすくすと笑いだした。するとここまでの会話で自然に意識が覚醒したのか、深美が小さく声をかけてくる。 「美子?」 「あ、お母さんごめんなさい。煩くて起こしちゃった?」  慌てて顔を向けた美子に、深美は口元からマスクを外しつつ微笑んだ。 「そういう事では無いから、大丈夫よ。秀明君も来てくれたのね」 「ええ、今日は午後から代休を入れたので」 「今、看護師さんを呼んで、機械を止めて貰うわ」
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