第1章 母との別れ

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 そして美子はナースコールで看護師を呼び出し、その後は深美には横になって貰ったまま、暫くの間三人で他愛の無い話をして過ごした。  師走も半ばを過ぎて、色々と気忙しい時期。夕飯の支度をしている最中に鳴り響いた電話を、何気なく台所の子機で取って応対した美子は、電話越しに伝えられた内容に思わず固まった。 「はい、藤宮です。……え?」  しかし一通り聞き終えた後、冷静に言葉を返す。 「……分かりました。ご連絡ありがとうございます。早速家族に伝えますので、宜しくお願いします」  そうして受話器を戻した美子は、すぐに父親の携帯に電話をかけた。会議中なら最悪秘書に言伝を頼まないといけないかと懸念した美子だったが、その日は幸い昌典がすぐに応答してくる。 「お父さん。今、話をしても大丈夫かしら?」 「ああ、どうした?」 「病院から連絡が来たの。すぐに来て欲しいそうよ」  それだけで意味を悟った昌典は、少しの間無言だったが、冷静に言葉を返してきた。 「……そうか。幸い、今日はこれからは会議も接待もないから、ここから直接向かう」 「分かったわ。私は家で準備をしているから。あちこちに連絡する必要もあるし」 「そうだな、頼む」  若干電話越しに躊躇う気配を見せたものの、昌典は美子の申し出に了承の返事を返して通話を終わらせた。そして台所を出て居間に向かうと、既に帰宅して一緒に前日録画していた番組を見ていた妹二人に声をかける。 「美野、美幸。今からすぐ病院に行ける?」  その唐突な問いかけに、二人はテレビの画面から美子に視線を移し、不思議そうに彼女を見上げた。 「病院?」 「どこの?」 「お母さんが危篤なの」 「え?」 「は?」  あまりにもさらりと言われた内容に、二人の頭が付いて行かずに戸惑った声を上げると、美子が重ねて声をかける。 「行くのなら、今からタクシーを呼ぶから。どうする?」  その声に漸く我に返った二人は、血相を変えてソファーから立ち上がった。 「勿論行くけど! 何で急に!?」 「確かに、最近具合が悪いって言ってたけど!」  二人にしてみれば当然の訴えに、美子は気まずい思いをしながら本当のところを告げた。 「本当はかなり病状は悪かったのよ。そろそろあなた達にも、説明しようと思ってたんだけど……」  視線を逸らしながらの説明に、二人の怒声が重なった。
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