第10章 面倒くさい男

5/8
前へ
/142ページ
次へ
 まともに話を聞く気も無いらしく、冷たく言い捨てた秀明を怒りの形相で見上げた女性は、手に提げていたビニール袋を彼に投げつけて走り去った。 「もう二度と来ないわよ! この最低野郎っ!!」 (激しく同感だわ……)  彼女の捨て台詞に共感しながら、美子はたった今見事な鬼畜っぷりを披露してくれた秀明を、しげしげと見上げた。伸びたままの無精髭と、乱れた上に汗で額に張り付いている前髪で、どうやら熱を出して寝込んでいたのは本当らしいと分かったが、とても秀明を擁護する気分にはならなかった美子を、秀明が不審げに見やる。 「で? お前はどうしてここにいる?」  その問いに、美子は思わず溜め息を吐いた。 「父に様子を見て来てくれって頼まれたの。あなた今日、会社を休んだんでしょう? とにかく、中に入れて貰える? ろくに食べてないと思うし、何か作るから」 「……分かった」  一瞬顔を顰めたものの、気だるげに前髪をかき上げた秀明は場所を譲って玄関に入る様に促し、美子は廊下に落ちたビニール袋を拾って、秀明のマンションに上がり込んだ。 (レトルトのお粥に、スポーツドリンクとゼリー飲料か。彼女なりにコンビニで買える物で、それなりに考えてくれた筈なのに……)  廊下を歩きながらさり気無くビニール袋の中を覗き込み、その中身を確認した美子は、多少嫌な思いをさせられたものの相手の女性に軽く同情すると同時に、秀明に対する嫌悪感を募らせた。そして部屋の配置から1LDKの間取りらしいと判断しながらキッチンに入った美子は、台の上に持参した食材を置き、床に置いたバッグの中からエプロンを取り出して身に着け、戸棚や冷蔵庫の扉を開けて確認し始める。 「さて、作りますか。……だけど、やっぱりろくな食材は無いわね。ご飯も、念の為に炊いてきたのを持って来て良かったわ」  独り言を呟きながら頭の中で算段を立てていた美子に、ここで声がかけられた。 「……美子」 「気安く名前を呼ばないで欲しいんだけど?」  てっきりすぐ寝室に戻っていると思っていた秀明が、キッチンの入口のドアに背中を預けてもたれかかる様に佇んでいた為、美子は渋面になりながら言い返した。しかし彼女以上に苦々しい顔付きで腕組みをしていた秀明は、常よりも若干低い声で確認を入れてくる。 「本当に、社長がお前に『様子を見に行け』と言ったのか?」 「そっき、そう言ったけど?」
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

243人が本棚に入れています
本棚に追加