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「あの陰険親父……」
美子が不審そうに見返すと、秀明は組んでいた腕を解いて拳を握り、舌打ちしながら苛立たしげに背後のドアを叩いた。その行為に、美子ははっきりと軽蔑の視線を送る。
「何? 父は親切心から言ったのに、そんな事を言うならもう帰らせて貰うわ」
「誰が帰すかよ!!」
「え? ちょっ……」
本気で腹を立てた美子が、食材をそのままに帰ろうと床に置いてあるバッグに屈んで手を伸ばしたところで、素早く距離を詰めた秀明に肩を掴んで突き飛ばされ、床に仰向けに転がった。
「いったぁ! いきなり何をするのよ!?」
流石に盛大に抗議の声を上げた美子だったが、秀明はすかさず彼女の身体を跨ぐ様に四つん這いになり、更に上から両手で彼女の両手首を押さえて拘束しながら怒鳴りつけた。
「ふざけるなよ!? 狼の巣穴に食材付きで羊を送り込むなんて、どんな嫌がらせだ。人の足元を見やがって!!」
そこで漸く何やらまずい状況になったのを悟った美子は、なるべく相手を刺激しない様に言葉に気を付けながら、先程の発言について尋ねてみた。
「取り敢えず狼と羊の関係は分かったけど、それがどうして嫌がらせになるのよ? 狼の巣穴に虎を送り込んだら、文句なく嫌がらせでしょうけど」
それに対し、秀明は軽く歯軋りしてから、押し殺した声でとある事情を説明した。
「あの性悪親父、お前との交際について形だけ申し込みに行った時、『遊びで美子に手を出したら殺すし、本気なら婚前交渉は禁止だ』と、笑顔でほざきやがったんだ」
「はい? どうして父がそんな事を?」
思わず今現在の状況も忘れて、美子が目を丸くしながら問い質すと、秀明は忌々しげにその理由を告げた。
「同じ条件を、社長がお前の祖父さんに出されて、それを律儀に守ったそうだ。だからお前もそうしろとさ!」
「……祖父が意外に意地悪で心が狭かった事と、父が結構根に持つタイプで辛抱強かったのが、再認識できたわ」
(お父さん……、要するにお祖父さんにされた分を、この人に八つ当たりしてるのね)
思わず遠い目をしてしまった美子だったが、それを見下ろしながら、秀明は盛大に舌打ちした。
「全く……、俺が手を出せないのを知っててあの親父、今頃絶対、社長室で残業しながらほくそ笑んでやがるぞ!!」
「……そうかもね」
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