第10章 面倒くさい男

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 微塵も迷わず淳は秀明の脇腹に容赦のない蹴りを入れ、友人を文字通り蹴り転がした。秀明はその衝撃と痛みで、少し美子から離れた所で脇腹を押さえて蹲る。その隙に美子はスカートの乱れを整えつつ身体を起こして床に座り込んだが、その前で淳が持って来た袋を放り出して、勢い良く土下座した。 「こいつに代わって謝ります! 大変、失礼を致しました!」 「てめっ……、淳。俺を殺す気か……」 「寧ろいっぺん死ね! この馬鹿がっ!!」  呻き声を出した秀明を、顔を上げて盛大に叱りつけた淳は、再び床に頭を擦り付ける様にして謝罪した。 「すみません、美子さん。こいつ土曜から高熱が出てて、頭のネジが何本か抜け落ちてる状態なんです。ここは一つ俺に免じて、勘弁してやって下さい」  その訴えを聞いた美子は、冷え切った目を秀明に向けてから、呆れ気味に応じた。 「……確かに、脳細胞の半分位が、一気に機能停止した様な感じね」 「そうですね」  他に言い様も無く淳が冷や汗を流していると、早々と気持ちを切り替えたらしい美子が、冷静に指示を出した。 「取り敢えず邪魔なので、あの病人もどきをベッドまで連れて行って、寝かせてくれませんか? これから食べる物を準備しますから」 「お任せ下さい」  真顔で請け負った淳が早速立ち上がり、秀明に歩み寄ってかなり強引にその身体を引き上げる。そして肩を貸しながら、秀明と一緒に寝室に向かって歩き出した。 「ほら、行くぞ。キリキリ歩け、このど阿呆が」 「病人になんて言い草だ。少しは労われ」  心底呆れているらしい淳に、ぶつくさ文句を言いながら秀明は連行されて行き、その姿が完全に見えなくなってから、美子は相変わらず床に座ったまま、両手を付いて茫然自失状態で呟いた。 「……びっくりした」  衝撃のあまりそのまま数分経過してから、漸く我に返った美子は、何とか気持ちを切り替えてやるべき事に意識を集中する。 「取り敢えず、作りましょうか」  そして手早く調理器具と食材を揃えた美子は、それから少しの間、調理に専念する事にした。そんな彼女が台所で料理をしている一方で、寝室では秀明が、こめかみに青筋を立てた淳に、みっちりと説教されていた。
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