第11章 面倒くさい女

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「どうしてって……、病み上がりの時には、普通桃缶でしょう? それとも桃缶は黄桃じゃなくて白桃だとか、ふざけた事を言うつもりじゃないでしょうね?」  それを聞いた秀明は、真顔で首を振った。 「いや、俺の母も黄桃派だった」 「それは良かったわ」 「病み上がりに桃缶? そういう時は、パイナップルの缶詰じゃ無いのか?」  思わずと言った感じで淳が口を挟んだが、その途端二人が素早く彼の方に向き直り、揃って冷たい口調で吐き捨てる。 「貴様はそれでも日本人か」 「寝言は寝て言いなさい」 「何で缶詰一つで、そこまで言われなきゃならないんだよ!?」  当然淳は盛大に文句を言ったが、その叫びを二人は完全に無視した。 「この様子なら、これも全部食べられるわね。はい、どうぞ」 「…………」  美子は空になった深皿を床に置き、代わりに桃の入った器を秀明の前に置いたが、何故か秀明は無言で美子を見上げる。 「何? どうかしたの?」 「食べさせてくれ」 「……はぁ?」  真顔で淡々と言われた内容に、美子は盛大に顔を引き攣らせ、淳は慌てて頭を下げた。 「美子さん、すみません! もう今のこいつは俺から見ても、もの凄く馬鹿になってるんで!」 「しょうがないわね……」  深々と溜め息を吐いた美子は、立ったまま再び器を持ち上げてフォークでドーム状の桃を一口大に切り分け、そのうちの一つをフォークに挿した。 「はい、あ~ん」  半ばやけっぱちでそう呼びかけながら、フォークを秀明の口元に持って行き、パカッと開けた口の中にそれを差し込む。すると桃を舌と歯で抜き取った感触があった為、美子が彼の口からフォークを抜き取ると、半ば呆然とした表情の淳と目が合った。 「……マジでするとは思わなかった」  そんな理不尽過ぎるコメントに、美子は本気で腹を立てた。 「さっき、あなたがしろって言ったんじゃない!」 「いや、俺は『こいつが馬鹿な事を言ってすみません』の謝罪のつもりで言ったわけで、『して下さい』とお願いしたつもりでは」 「次」  そこで桃を咀嚼し終えたらしい秀明が、冷静にお代わりを要求してきた為、美子は無意識にフォークを掴んでいた右手を震わせた。 「本っ当にムカつくわね……」 「もう本当に、重ね重ね申し訳ありません!」
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