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神妙に謝罪の言葉を口にした淳を振り返った美子は、おかしそうにクスクスと笑ったが、淳は愛想笑いも出来なかった。
(駄目だ。ここで下手に秀明を庇う発言をしようものなら、容赦なく俺まで切り捨てられる)
ここで気を緩めたら更に状況が悪化する気がして仕方が無かった淳は、失言を防ぐ為に美子の顔色を窺いながら口を噤んだ。それからは美子も無言のまま歩き続け、淳が近くのコインパーキングに彼女を誘導した。
「あの……、美子さんは、秀明から具合が悪い事を聞いて、様子を見に来てくれたんですか?」
停めておいた愛車に彼女を乗せ、藤宮邸に向かって発進してから、淳が恐る恐る事情を尋ねてみると、助手席の美子は前を見たまま素っ気なく否定してきた。
「いいえ。父から連絡を貰ったの。社内で、土曜日から寝込んで休んでいる話を聞いたから、様子を見て来て欲しいと言われて」
「……そうでしたか」
(てっきり本人から泣き言でも聞いて、様子を見に来てくれたのかと思ったんだが……。俺が甘かったな。あいつが女に弱味を見せる筈もないか)
少し気落ちしながら淳が運転を続けていると、少ししてから美子が淳の方に顔を向けながら口を開いた。
「ねえ、小早川さん」
「何でしょうか?」
「今夜は帰りたくないわ」
「は、はあぁあ!?」
驚きのあまり思わず助手席に顔を向けた上、手に変な力が入って盛大に蛇行した車は、後続車や並走車から派手にクラクションを鳴らされた。それで瞬時に我に返った淳は慌てて前方に向き直ってハンドルを切ったが、動揺著しい彼の横顔に、美子の冷たい視線が突き刺さる。
「……危ないわね」
「すっ、すみません!」
「そう言われたら、小早川さんだったらどうするのかって話をしようとしてたんですけど?」
「そ、そうですか……。俺だったら相手を見て判断しますが」
前を見ながら、未だ狼狽しつつも何とか言葉を返した淳だったが、それを聞いた美子は不愉快そうに眉根を寄せて感想を述べた。
「美実以外の女に、随分言われ慣れているみたいね」
体感気温は氷点下のその声音に、カーブに差し掛かっていた為に淳は横目で精一杯訴える。
「いいいいえっ!! 一般論を口にしただけで、決してその様な事はっ!」
「軽い冗談です」
(頼むから、この場面でそんな冗談は止めてくれ!!)
サラッと流してしまった美子に、淳は心の中で盛大な悲鳴を上げたが、彼女の話は容赦なく続いた。
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