プロローグ 軋み始める関係

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「今現在、私がリスベラントの総内務長官、界琉がアルデイン宰相補佐官を務め、親子で両国の要職を占めている上に、先程界琉が閣下のご令嬢と婚約致しました。それにより、界琉が周囲から不必要な妬みを受けない様にと、私に辞任するように勧めた旨、この五日のうちにきちんと公宮内の主だった者に説明を済ませており、私が居なくなった後の後任人事も、当事者全員の了承を得ています。後は明日、それを公表するだけです」 「何だと!? 何を勝手な事をしている!!」  完全に寝耳に水の事を聞かされたランドルフは、思わず椅子を背後に蹴倒しながら立ち上がった。しかし怒鳴り付けながらも、ダニエルは飄々とした態度を崩さず、笑顔で報告を続ける。 「頂いた辞令の日付は明日でしたので、取り急ぎ説明するのは大変でしたし、皆驚いてこぞって引き留めてきましたが、閣下からの命令書を見せた上で事情を丁寧に説明しましたら、最終的には受け入れてくれました。私が抜けても支障が出ないように、頑張ってくれるそうです」 「お前……、本当に辞める気か!?」  思わずなじる口調になったランドルフに、ダニエルは少々わざとらしく驚いてみせた。 「これは異な事を仰います。公爵閣下ご自身が既に提示された内容で、明日が私の最後の勤務日になっております。今更取り消す事など、できますまい」 「いや、俺自身が取り消せば済む話だ。だから」 「それに何十年も遅れの新婚旅行に行けると、妻がウキウキしながら旅行の支度をしておりますのでね。ここで辞職を撤回したら、離婚されかねません。すっぱりと後進に後を譲ります。それでは最後の引き継ぎがあるので、失礼します」 「ダニエル!!」  自分の地位に執着する事無く、淡々と切り捨てて見せたダニエルをランドルフが引き止めようと呼びかけたが、ダニエルは背後を振り返りもせずに廊下へと出た。そして流石に長い付き合いであるランドルフには彼が本気であるのが分ったらしく、見苦しく追って来たりはしなかった。  その事に安堵しつつも少しさみしく思いながら、ダニエルは人気の無い廊下を進む。 「……少なくとも、昔はもっと物事を見通す目を持っていた筈だがな。どうやらそれは、長い間に曇ったらしい」  友人の変容を残念そうに呟きながらも、ダニエルは決してそこで引き返す様な真似はしなかった。  そしてこの些細な出来事が、藍里にとっての不幸な夏休みの序章となった。
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