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「だけど薫さん。男二人で尾行するのは目立つし、リスクありません?」
前方を歩く2人の中年男を、たっぷり距離を保って追いながら、春樹は薫にささやいた。
「そうでもないさ。スクールで習ったことに縛られるのはマイナスだ。
すべてはケースバイケース。その時々で判断すればいい。それにはまず、場数を踏むことだよ。実践あるのみ。失敗だって、たまにはしてみないとね」
薫がそう言うと、横を歩く春樹は一瞬顔を上げ、薫の顔を見た。
ほんの少しその目に尊敬の色を感じたのは、気のせいだろうか。
どちらにせよ、傍らにこの少年を従えて歩く事が、ただただ薫には嬉しかった。
「しかし、どこ行くんだろうな、あの二人は。若者じゃあるまいし、一日中グルグルと街なかを練り歩かれたんじゃ堪らんな。おっさんはおっさんらしくパチンコか打ちっぱなしにでも行って籠もってくれりゃいいものを」
「書店に籠もられてた時だって、怒ってたのに」
春樹はそう言って笑い、そして訊いてきた。
「薫さん、あの人を夜中までずっと見張るの?」
「いや、今回の契約は時間制でね。尾行、身辺調査合わせて一日7時間を5日間。期間中に浮気の証拠が出れば成功報酬、出なければあの男はセーフさ。まあ、奥さんは必要経費をウチに払い、シロクロ付けるためにまた別の探偵雇うだろうけどね。まったく……気の毒なこったよ」
「奥さんが?」
「あの旦那が」
薫が肩をすくめて見せると、春樹は少し驚き、そのあと色の薄い瞳を細めて笑った。
ツヤツヤとした質の良い亜麻色の髪に光が集まって輝いている。
こういうの、何て言ったっけ。そうだ、“天使の輪”だ。
などと、どうでも良いことを思いながら、薫がほんのしばしその光を見つめていると、春樹は突如緊張した声を出した。
「角を曲がります。間を詰めますか?」
スクールで教えられたことは全て身に付けているのだろう。春樹はそう言うと機敏に足を速めた。
「君はいい探偵になるよ」
「そうですか?」
春樹はそう言って笑ったが、薫には少々複雑でもあった。
探偵の仕事なんて、人間の饐えた愚かな部分を嫌でも覗き見なきゃならない仕事だ。浮気調査など特にそうだ。
こんなに若く純粋な青少年を、変に歪ませることは無いだろうか、と。
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