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ターゲットは角を曲がってすぐのゲームセンターのクレーンゲームに貼り付いていた。
アラフォー男二人が小銭をやり取りして楽しそうに笑っている。
まるで歳を取りすぎた中学生のようだ。
「楽しそうですね」
二人から少し距離を取った所で春樹がつぶやいた。
「ああ、なんか普段の抑圧が感じられて不憫になるよ。なんであんな不憫なやつの尻を追いかけなきゃなんないんだろうな」
「それは思っちゃいけないんですって」
思いがけず横で春樹が言った。
「ん?」
「美沙が言ってました」
春樹は自分の財布から小銭を数枚取り出し、すぐ横にあった大型UFOキャッチャーのコイン投入口に滑り込ませた。
そして前を見つめたまま、ランプのついた手元ボタンに、細くしなやかな指を添える。
「調査や尾行する相手に必要以上に感情移入すると、しんどいし、正確なデータが取れないって。自分を一個の調査マシンと思うこと。そうすればぶれることもないし、心を乱されることもない……って」
春樹の動かしたアームが器用にクマのぬいぐるみの頭を捉え、ゆっくりと持ち上げ始めたが、そんなことよりも薫は、少年の形の良い唇がほんの少しほころぶのに目を奪われた。
あの笑みは、何に対してだろうか。
目の前のゲームに対する興奮の笑みとはあきらかに違う。
愛おしい何かを思い出すときのような柔らかさ。
美沙の言葉には微笑むほど甘い要素は無いし、逆に殺伐としてクールだ。
何を思い浮かべての笑顔なのだろうか。
「なあ、春樹……」
そう言い掛けた瞬間、ゴトンと軽い音を立てて景品取り出し口からぬいぐるみが顔を出した。
全長40センチくらいの寝ぼけたクマのキャラクターだ。
「わっ! どうしよう。取れちゃった。……取るつもりなかったのに」
明らかに困惑気味にぬいぐるみを抱き上げ、春樹はそのふわふわ柔らかそうな戦利品を薫に見せた。
その表情は何ともあどけなく、幼かった。
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