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休日ではあったが、事務処理を溜め込んでしまった美沙は、今日も休日返上で鴻上支所に出勤していた。
PC打ち込みをしている美沙のデスクの端に一人の男が近づき、湯気の立つ煎れ立てのコーヒーをそっと置いた。
「あ、ごめんなさい立花さん。私がお出ししなきゃいけないのに」
美沙がそう言って恐縮しながら見上げると、男は優しげな笑みを作った。
「とんでもない。僕が勝手にフラリと立ち寄ったんだから」
その背の高い、育ちの良さそうな男は立花探偵社の社長、立花聡。
なぜか皆からは社長ではなく、某関西探偵バラエティ番組の影響から“局長”と呼ばれている。
自らをジュード・ロウ似だと言い張る弟の立花薫とは、顔も骨格も性格も似ておらず、線の細い、繊細な容姿をしていた。
そのせいかとても42歳には見えず、メガネの奥の切れ長の目は、絶えず若々しい知的な光を宿していた。
「春樹君はどう? 君の片腕になってる?」
立花聡は、美沙の斜め向かいの春樹のデスクにもたれ掛かりながら、自分もコーヒーを啜った。
「ええ。時々張り切りすぎて空回りしますが、基本的に勘のいい、賢い子です。良い助手ですよ」
「それは良かった。ところで……」
「はい?」
「薫、ここによく来る? 油売りに」
「そうですね。タイムカードを用意したいほど、よく来られますよ」
美沙は思い出したように笑った。
「『俺はこうやって息抜きしないと死んでしまうんだ』って悲しそうに言ってましたけど」
「なるほど。相変わらずだな」
「こっちも気分転換になって、楽しいですけどね。他の事務所にもフラッと息抜きに行くのかしら」
「どうかな。他の事務所はオッサンと女の子ばっかりだから」
立花聡は“当然”といった調子でサラッと言うと、窓の外に目をやり、またコーヒーを啜った。
何か、聞き間違いだろうか、と、美沙はキョトンとした顔を立花に向けた。
「女の子がいるほうが、……いいんでしょ?」
美沙の声に立花聡は同じようにキョトン顔で振り向いた。
「あれ? ……みんな知ってるもんだと思ってたのに。ごめん、忘れて」
「……はぁ」
忘れてと言われても困る。今ので100%分かってしまったものを。
そんな噂はちらっと聞いたことがあるが、薫はやっぱり「そっち」なのか。
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