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鈴木と連れの男は、やはりのんびりとした足取りで薫達の前を歩き、街に古くからある飲食店街へ入っていった。
「今日はどうやら鈴木の逢い引きは無しだな。たぶんあの友人と楽しく飲み屋で一杯ってコースだ」
薫は時計を見ながら尾行を切り上げる頃合いを見計らっていた。
なにしろ今日はこの後、春樹の買い物に付き合うというビッグイベントが待っている。
友人と酒を飲んでる中年男を見守ってる場合ではない。
「あいつらがどっかの飲み屋にでも入ったら、本日の調査は終了だ」
「もう、いんですか?」
「残り時間は次回に加算するさ。無駄に1日7時間を守るより、その方が良心的だろ?」
「ええ……そうですね」
春樹は微笑んで頷いたが、少しばかり元気が無いように見えた。
「何だ? このままずっと追っかけてみたかったか?」
「いえ、そんなんじゃなくて」
「あ、現場を押さえてみたかった? 行方調査だと、そんな機会ないもんな」
「いえ……。仕事の事じゃなくて……」
「じゃあ、なんだ。何でもいいから言ってみろ。若いもんが遠慮してちゃダメだ」
薫がそう言って、つい癖で春樹の肩を叩こうとした瞬間、春樹は跳ねるように体を離した。
薫は一瞬自分の手を見、再び春樹を見た。
「あ……。そうか。猫アレルギーか」
「ごめんなさい……、服の上からなら平気なのに。つい……」
「いや、いいよ。気にするな。……俺が迂闊だった」
「ごめんなさい」
二人はなんとも気まずい空気を苦笑いでやり過ごし、再び前に向き直った。
……が。
「薫さんは、美沙のことが好きなんですか?」
いきなり飛んできたパンチのある質問に、薫は少々狼狽した。
「ん? 俺が美沙ちゃんを? なんでまた」
「すみません。いえ、いいんです。変なこと訊いてごめんなさい」
春樹は前を向いたまま早口でそう言うと、今度はピタリと口をつぐんだ。
その耳がスッと赤くなった。
まだ産毛さえ見える透き通った白い頬も、ほんのり赤く色づいていく。
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