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―――春樹の買い物にゆっくり付き合って、そのあと食事を奢ってやろう。
若い子にはどんな店がいいだろう。
社会人なんだし、酒も少しくらいは良いかもしれない。
春樹は酒は飲めるだろうか。
いや、もし飲めなかったら俺が飲み方を教えてやろう。
大事なことだ。
少しくらい酔っぱらったっていいさ。ちゃんと家まで送ってやる。
さて、どこに行こう。
この間、女友達と行った洒落たバーなんか、どうだろう。
いや待て、あそこのマスターは隠してはいるが、ゲイだった。俺には分かる。
春樹は可愛いから、イヤらしい目で見られてしまうかも知れない。
それだけはダメだ。断じてダメだ。―――
「薫さん、二人が角を曲がりました!」
小さく鋭くささやいた春樹の声にハッとして前を見ると、二人の姿は視界に無かった。
「……っ! すまない。どっちへ行った?」
「その角を左に」
歩を速めて春樹の後に続き、角を曲がったが、二人の姿は忽然と消えていた。
「どこへ消えたんだ?」
薫は内心シマッタと思い、辺りを見渡しながら進んだ。
春樹の手前、尾行に失敗するのはかなり格好悪い。
いま角を曲がってきた白亜の建物のガレージの入り口には、一目でラブホテルと分かる、ビニールの暖簾が垂れており、つい癖でその中も覗きつつ、薫と春樹は小走りに進んだ。
もう彼らは既に次の角を曲がってしまったのかもしれない。
「尾行がバレて、逃げられちゃったんでしょうか」
不安そうに春樹が呟く。
「いや、そんなはずは……」
内心そうかも知れないと言う不安を抱きながら、薫は次の曲がり角目指して競歩さながらに歩を速めた。
春樹もそれに続く。
ところがそのホテルの趣味の悪い看板を越えたところでいきなり飛び出てきた人物に、薫は派手にぶつかってしまった。
「わっ」という声が双方からこぼれた後、薫の後から春樹の、息を飲む声が小さく響いた。
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