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その哀愁の男2人の姿が角を曲がって見えなくなる頃には、薫の肩には『敗北』の二文字がズンとのし掛かっていた。
調査員としての敗北。そして、男としての敗北。
世間的には罵られて当然の不貞を働いてはいるのだけれど、何故か鈴木にはモラルを越えた人間愛、恋するものとしての達観が感じられた。
「まだ追いますか?」
春樹がそっと声を掛けてきた。
「いや、もう終わりだ」
「え……でも」
「鈴木の嫁は、鈴木に『女』がいるかどうかを調査しろって言ったんだ」
「でもそれは……」
困惑したように見上げてくる春樹の目を見つめながら、半ば薫は懇願するように返した。
「すまない春樹。俺はあの男達を写真に撮れない。報告できない。調査員失格だ。一番やっちゃいけない依頼人への裏切りだ。最低だよまったく。俺がやらなくったって、他の調査員がきっと付きとめるだろうに……。
なさけない。でも言い訳はしないよ。俺は偉そうに、君に先輩面できるような調査員じゃないんだ。……ごめんな、春樹」
本当に情けないほどすらすらと敗北の言葉が出てきた。
自分の弱みを見せないのがダンディズムだと信じている自分が、どうしたと言うことだ。
薫は春樹の視線を感じながら、しだいに肩が落ちて行くのを止められなかった。
春樹はきっと失望していることだろう。
薫は目を上げるのが怖かった。
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