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「ああ、猫なら飼ってるよ。ペット禁止のマンションなんで、内緒だけどな」
「やっぱり?」
春樹は一瞬ホッとしたように息を吐いた。
「猫がどうかしたか?」
「あの、僕、猫アレルギーなんです。だから猫を飼ってる人に触れられると、蕁麻疹が出てきてしまって」
「ああ……それで?」
それであれほど避けられたのか。
なるほど、薫のスーツにはほんの数本、白いヒマラヤンの毛がついていた。
薫は自らも安堵した表情を浮かべ、横に座る少年を見た。
「だけど、そんなに酷いもんなのか? 猫アレルギーって。俺、手はちゃんと洗ってるぞ?」
「……ごめんなさい」
春樹は気まずそうに視線を泳がせた。
その白く柔らかそうな頬や首筋の皮膚は少しもアトピー体質には見えなかったが、きっとそれは本人の努力に寄るものなのだろうと、薫は納得した。
「ふーん、大変だな。まぁそう言うことなら気にしなくていいさ。しかし俺もさあ、猫ってそんなに好きじゃないから、飼うつもりなんか無かったんだけどな」
「へえ……。じゃあ、どうして?」
「知り合いの水商売の女が急に飼えなくなったとか言ってさ、俺のマンションのドアの前にこっそり捨てて行ったんだ。バスケットに『お願いしま~~す』ってメモだけ付けて、トンズラ」
「ほんとに?」
「ああ、驚くだろ? けど、飼ってみたら猫って意外と可愛いもんだな。もう捨てないでねってな目をして、俺をじっと見るんだよ。すぐ膝の上にちょこんと乗って来るしさ。これがまた可愛くてさ。あいつが待ってると思うと、帰るのがちょっと楽しい」
薫が少し笑いながらそう言うと、春樹はふっくらと桜色をした唇を少し開いたまま、じっと薫の目を見つめてきた。
アーモンド形の優しげな瞳に、純真な喜びが浮かんでいる。
「優しいんですね。薫さん。なんか、嬉しいな。……そう言う人、好きです」
一瞬薫の心臓がドクンと跳ね上がり、体中が発汗した。
いったいこいつは、唐突に何を言い出すんだ!!
慌てて視線を書店の入り口に戻した。
「……ったく。まだ出てきやしない!」
苦し紛れに、そう毒づいてみた。
取り乱したよう見えはしなかったろうか。
横で春樹がふわりと笑ったような気がしたのは気のせいだったのだろうか。
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