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だけどあいつの真剣な顔は崩れない。
「それはまだ待ってもらってる」
「え」
なんだその、社会派ドラマ的な台詞は。
まるでおれが有能な社員みたいじゃん。
今さら跳べねぇよ、だってきっとタイミングが掴めない。
三度の試技を三度とも失敗して終わった今朝の夢みたいに、最後の大会もそれで終わる。
おれは天才ハイジャンパーじゃない。そんなんじゃない。無名校だから、ちょっと跳べるやつがいればすぐ持ち上げられる。ただそれだけのことだよ。
身長のハンデをとうとうハンデと感じたまま、おれはおれの舞台を降りたんだ。逃げたんだよ。そんなやつを、今さら陸上部のみんなが受け入れてくれると思うのかよ。無理だろ。やるだけ無駄だ。
「今戻ったらこっちに戻る時間がなくなるかもしれないんだぞ。おれらの演目は十三時十五分からだろ。十一時からはじまって、一時間で予選が終わるわけないから、本当にギリギリだ」
「言い訳はいい!」
あいつはぴしゃりとおれの反論をさえぎった。
目がつり上がって、怒ってるふうなのに、なぜだかおれには泣きそうな目に見える。
「予選で負けるのが前提みたいに言うなよ。おまえは決勝まで行くんだ」
「はあ? いや、ほんとちょっと落ち着けよお前。いくらなんでもそりゃ漫画の読みすぎ……」
「おまえはおまえのジャンプを見たことがないからそう言うんだよ」
ますますわけがわからない。
困って後ろのふたりに助けを求めたら、ふたりとも肩をすくめて「部長のハイジャン熱といったらねぇ」「もはや葛城さんは天使扱いですよ」と言うばかりでろくな助けにならない。むしろ悪化した。なんだ、天使って。イカれたのか、頭が。暑さで。
「聞け」
「おれは天使じゃねぇぞ」
「知ってる。漢字も読めないただの脳筋だ」
「だったらなんで」
「でもおまえが跳んでる姿はすごくきれいだ」
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