ちいさな天才ハイジャンパー

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 じゃぶじゃぶと勢いよく垂れ流されている蛇口を、とりあえず締める。ひとつふたつ、水滴を落として水は止まった。 「正気か?」 「冗談でこんなこと言わないけど」 「おれが誰だか知ってて言ってんのか?」 「我が校はじまって以来の天才ハイジャンパー。身長があと十五センチあれば強豪校にスカウトされただろうに、運悪くどこにも引っ掛からなかった不運のちび」 「てめぇ! 表出ろや!」  頭だけ表に出てるよ、と笑って、そいつは茶色の頭をさらっと掻いた。かがんで窓枠にもたれているから、どれくらいの身長なのかはわからない。でも少なくともおれよりは高い。腕が長いから、きっとそうだ。腹立つ。 「とにかくさ、跳ばないなら気晴らしにうち来てくれない? メンバー足りなくて夏のコンクール出られないんだよね」 「意味わからん。なんでおれが」 「ずっと見てたから」 「なにが? なにを?」 「一年の頃からおまえのこと知ってた。ずっと見てた。俺が」 「へっ……」  あかん、これはあかんやつや。  血の気が引く。  慌てて逃げようとしたら、上から笑い声が降ってきた。 「そんな気持ち悪そうな顔するなよ。別にストーカーじゃない。おまえが跳んでるとこを見てたって意味」 「はあ? はあ……」  どっちにしろ丸二年間見られていたわけだが、鳥肌はひとまず引っ込んだ。 「うちのメンバーもおまえの跳ぶとこ見てる。だからおまえが来てくれたら喜ぶよ」 「いや、でもそれとこれとは話が」 「俺らもう三年だろ、このままなにもしないで卒業するよか何か爪痕残して去りたいじゃん?」 「なんだ、お前も三年かよ。おれは別に……」  楽しげに語る声をさえぎろうとして、やっぱりやめる。  うそだ、おれは別になんて思ってない。  おれだって本当はハイジャンで高校記録、出したかった。  ちびだからっていうか、他人から「できるわけないだろ」って思われるひとでも、やればできるんだって証明してやりたかった。それを公式の記録として、焼き付けておきたかったんだ。
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