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「どうした? 今日はいつにもまして落ち着かないな」
そわそわするおれを、部長がたしなめる。
「あんまり音立てるなよ。おまえ、大会にはたくさん出てるから緊張には慣れっこだって言ってたのに」
「いや、緊張っていうか、違くて。夢見が悪かったんだよ」
「夢見? なんの夢?」
すっぽりとひとひとりがおさまる観客席に深く沈みこみながら、もそっと話す。
「失敗する夢」
「なんの?」
「……ハイジャン」
あいつからの返答はない。
足腰だけは変わらず鍛えていたけど、今さらハイジャンは跳べない。未練がましいと思ったんだろうな。おれもそう思うよ。
開場が暗くなるまで、あいつはなにも言わなかった。
十時、一校目の演目がはじまってすぐにあいつのスマホが震えた。マナーモードにはなってるみたいだけど、ホールだとバイブだけでもけっこう響く。
お前何やってんだ、と言おうとしたけど、こいつがそういうの気にしないわけないなと思ってあえて黙ってた。何か急用の連絡を待ってたのかもしれない。
でも、どうやらその急用とやらは家庭の事情ではなかった。
おれの腕を掴んで立ち上がり、あいつは通路に出た。
劇を見るんじゃなかったのかよ!
叫びたかったが我慢した。まだ演目の最中だ。
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