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重たくて分厚い二重扉の向こうのロビーまで出てから、ようやくあいつはおれを振り返った。でも掴んだ手が離れない。
「陸上部のマネから、連絡がきたよ」
「は?」
なんで。
付き合ってたのか? 彼女かよ。どうでもいいよ。
……って、そんな雰囲気じゃないよな。
「どういうつもりだ?」
「走り高跳びの予選は十一時からはじまる」
「だから、どういうつもりだ?」
「行かなくていいのか?」
「はあ?」
思わず、遠慮なく聞き返してしまった。慌てて周りを見回したら、後ろには置いてきたはずの男子部員といつのまにか戻ってきた紅一点が立ってた。
なにこれ、どういう状況?
「なに、やっぱ初期メンバーだけで演劇したいってことか」
「そうじゃないよ。なんのためにおまえを指導してきたと思ってんの、一緒に演目やるためだよ」
「だったらなんで今さらそんなこと!」
「最後の大会だからだよ!」
珍しく、苦しい顔で、絞り出すようにあいつが怒鳴る。言い合いは何度もしてきたけど、怒鳴ったことはなかったよな、お前。
ロビーに異様な静けさが満ちる。普段なら真っ先にあいつが気にする空気なのに、今日に限ってはおれのほうが気にしてる。
「なあ、夢に見るほどおまえにとって走り高跳びって大事なんじゃないの? 高校最後の大会、本当に跳ばなくていいの? 最後の最後だけ、跳べないままで卒業していいの? ――よくないだろ!」
おれはまだなにも言ってないのに、あいつは強い口調で否定する。
「だめだよ、それはだめだ。おまえは跳ぶんだ。我が校はじまって以来の天才ハイジャンパー、葛城空一の最後のジャンプが記録なしでいいわけないだろ?」
「いや、つったって、もうこっち来ちまってるし……だいたいおれ、退部届、出したし」
今から入部届けを書き直している余裕はない。
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