最高の笑顔へ

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紙袋を前かごにいれ、自転車を走らせた。 途中の公園に差し掛かったとき、私を呼ぶ声がした。 「瀬口」 公園入り口の門の影に見慣れた自転車。 志田くんがその脇にしゃがみこんでいた。 少し行きすぎた私は自転車を降りて、押しながら公園の前に戻った。 「志田くん」 「……ごめん」 志田くんは私が衣装を担当しているのを知っている。 あの布が裂ける鈍い音に気付いたのだろう。 「いいよ。なんとか直す」 志田くんが驚いた顔で私を見上げた。 「まだ続ける気でいんの?俺は嫌だ」 「もう時間ないよ。プログラムも変えられない。 やるしかないじゃん。 でも……あれはちょっと私も嫌かな」 志田くんが黙った。 うちの高校は演劇に力を入れていて、全国でも評価を得ている有名校だった。 演劇目的で入学してくる生徒も多かったから、演劇部の部員数は半端なかった。 舞台に立てるのは極僅か、大半は裏方だったから、文化祭は舞台に上がれない部員たちがここぞとばかりに張り切る。 たまたま演劇部員数が多かったうちのクラスは、押しに押されて催し物が演劇になった。 志田くんはサッカー部員、演劇にまるで縁も興味もないのに、整った容姿と日に焼けた姿が「火の山の王子」に相応しいと抜擢されたのだ。 断り続けてはいたものの、限られた時間と、強大な女子の団結力の前に、彼は屈するしかなかった。 台本を書き、演出をしているのは諏訪さんだ。 戦で互いに壊滅的な被害を受けた火の山の国と水と緑の国が、それぞれに復興を目指し奮闘する物語。 志田くんを説き伏せたのも彼女だ。 諏訪さんは演じるよりも演出したい側で、演劇にかける情熱は並々ならぬものがある。 だから素人の志田くんにもかなり注文をつける。 端から見ていても志田くんが気の毒なくらいだ。 主役である「水と緑の姫」を演じる沖野さんも演劇部員で、学年でも可愛いと名のあがる一人だ。 今年の大会は出番がなかったが、下級生ながら控えに抜擢されていた。 来年はキャスト入りが確実だろう。 そしてこの人は、志田くんのことを……。 「諏訪さんは単にその方がウケるって思ってるだけで、深い意味はないんだろうけど」 「諏訪はね。でも沖野は違うだろ」 青春真っ盛りの高校生だ。 振りとはいえキスシーンの一つもあれば、盛り上がるのが見えた。 沖野さんが提案し、諏訪さんが乗った。 そして志田くんがキレたのだ。
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