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自転車のスタンドを立てて、志田くんの隣にしゃがんだ。
「ただの嫌がらせだって解ってるから」
志田くんと付き合っている私への。
「だからこそ従う必要はないと思う」
志田くんがきっぱり言い切った。
「今日帰ったのは調子に乗るなっていう沖野への最終通告だから。
明日はちゃんと練習出るよ。
衣装のことは……ごめん、予想外だった」
「うん」
衣装は頑張ればなんとかなる。
だけど、私の心配はそれ以外のところにあった。
「あの後ね、男子が結構帰っちゃって……。
みんな嫌々だったのかな」
「……嫌々だったのはそうだと思う。
たこ焼きでも焼いて、練習だとか失敗したとかテキトーに嘘ついて、つまみ食いする方が楽しかっただろうし」
「ああ、なるほど」
確かに男子はその方が楽しかっただろう。
模擬店は候補に上がったのだけど、今年は希望するクラスが多く、うちのクラスは早々に手を引いたと聞いた。
そういえば、文化祭実行委員は諏訪さんだった。
どうでも演劇をしたかったのかもしれない、なんて、邪推だろうか。
キャストが揃えば芝居の練習はできる。
だけど、照明のタイミングだとか、音楽の入りだとか、暗幕やセットの組み替えは、全員揃って同時進行で練習するしかないわけで。
この場に来て切れかけたみんなの気持ちを繋ぐ事が、衣装の修繕より何倍も大変なのは目に見えた。
「帰ったの誰?連絡しとくわ」
「いいの?」
「ああ、俺が帰ったせいだから」
「……うん、ありがとう」
虫の音がする。
すっかり日は落ちて、風が冷たくなってきた。
「帰ろっか」
「うん」
自転車を押して並んで歩いた。
今日はぽつぽつ話す程度で、あまり会話は弾まなかったけれど、居心地悪くはなかった。
話題を探してまで喋り続ける必要もなくて、回るリムの音と足音だけをただ聞いていた。
彼は律儀に私の家の前まで送ってくれた。
「じゃあまた明日」
立ち止まって見上げると、少し困ったような顔をした志田くんがいて。
「何?」と聞いたけど、彼は「じゃあ」と一言残して自転車にまたがって行ってしまった。
時々彼が見せる表情が少し気になる。
車庫に自転車を止め、溜め息をついた。
付き合ってる私たちだって、手も繋いだことがないのに、抱き合うとか、振りだけでもキスなんてやっぱり嫌だ……。
演劇の仕上がりより、そっちが気になる私も、帰った男子生徒たちと大差なかった。
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