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「で、どうなったの?そのシーンは」
娘が顔色を窺うように聞いてきた。
「却下になったよ。
志田くんがやらないって言ったのもあるし、沖野さんが謝ってきたのもあってね。
目の前であれだけ拒否されたら、流石に脈なしって気付いたんでしょう」
紅茶を口にして、ほっと息を吐き出した。
あの後、若干風当たりが強かったけど、それも今では痛みを伴わない思い出だ。
「舞台はどうだった?」
「ふふっ、残念ながら大成功ではなかったね」
思い出しても笑える。
音響担当がシリアスなシーンで全然別の効果音をかけたり。
端役の生徒が本番の緊張をなめていたせいで、台詞が飛んだり。
妙な間や変な音は入ったものの、止まることなく芝居は進み、なんとか形にはなった。
諏訪さんは出来には納得していなかったようだけど、緞帳が降りたときのほっとした表情には、満足感が漂っていた。
最後は誰もが笑顔だったのを覚えている。
何はともあれ、あれは私たちにとって最高のステージだった。
「揉めたし、めちゃくちゃにもなったけど。
でもね、絶対取り戻せるから。
一杯辛くても、最後にはみんなで笑えるよ。
マンパワーってすごいんだから」
娘が最後の一口を口に入れ、スプーンでカラメルをこ削ぎとっている。
「母さんの青春なのね、プリン」
「そうかもね。
確かにあの時からよくプリン食べるようになったなあ」
ようやくカラメルを諦めた娘がニヤリと笑った。
「ねーねー、志田くんってそんなに格好よかったの?」
「よかったよー。
文化祭のあと、ファンが増えたっぽい」
「で、志田くんとはどうなったの?」
娘のニヤニヤが止まらない。
「んー……それは」
あんまり突っ込まれたくなくて、ぼんやり誤魔化す。
玄関の鍵が開く音がした。
「あ、お父さん帰ってきた」
呟くと、娘が残念そうな顔をする。
「えー、志田くんの話したかったのに。
あ、父さんって同級生だよね?
志田くん知ってるかな」
期待に胸を膨らませて、珍しく娘が玄関に向かっていった。
ほとんどカラメルが残っていないプリンカップをシンクに下げる。
夫の夕食を並べ、味噌汁を暖め直しながら、私も笑みを浮かべた。
志田くんはね、かっこよかったよ。
家庭の事情が色々あって荒れた時期もあったけど、ずっと優しかったよ。
今は……ちょっとお腹も出てきたし、白髪も増えたけどね。
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