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灰色のコンクリート壁は全ての侵入者や脱獄者を拒む為、そこに高くそびえ立ち、その壁の開け放たれた扉の前で田中と三郎が向かい合っている。コンクリートの灰色とは対照的に、近くには桜が満開の花を咲かせ、それはまるで三郎の出所を祝っているようにも見えた。
季節は春…。
「旦那、今までどうもお世話になりやした」
「うむ、とうとうお前も出所か…。もうお前の顔を見ないで済むと思うとせいせいするけどな」
田中は別れの寂しさからか皮肉を言った。しかしこれは喜ぶべき別れであり、三郎にとっては始まりの別れなのだ。
「最初、お前がここにやってきた時は腐った魚の目をしていたな」
と、田中が笑いながら言う。
「あ、ひでぇな旦那、腐った魚の目だなんて…」
三郎は苦笑いした。
「これから当てはあるのか?」
「そうですね、有難い話で、出たら俺ん所に来いって言ってくれた友人がいまして、しばらくはそこに厄介になりながら住み込みの仕事でも探してみようと思います」
「そうか…」
田中は安堵しにっこり笑った。二人の間にしばしの沈黙が流れた後、田中は三郎の目を見つめ言った。
「もう、戻ってくるなよ…三郎…」
「へい、大丈夫です…田中さん…」
三郎の目にうっすらと光るものがあった。田中は、
「おい、何泣いてんだ。歳を取り過ぎて涙腺が弱くなったか。耄碌(もうろく)してんな」
とからかうと、三郎は、
「耄碌してんのは旦那もでしょ? まさかこれに気付かないなんて」
と言い、田中の制服から冗談でスッた身分証を取り出し、ピラピラとさせて見せた。三郎は「へへ」とおどけて笑うと、身分証を田中に返そうとした…次の瞬間、
「ど、泥棒ーー!!」
田中が叫び、田中の声を聞いて駆けつけた職員達の手によって三郎は取り押さえられてしまった。
こうして、出所の日に窃盗の現行犯で三郎は捕まり、田中は悔しさから泣き濡れた。
春は様々な出会いと別れの季節である…。
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