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「見捨てるのに躊躇いなさすぎじゃない!? ねえ、祐也ぁあああっ!?」
慌てて縁にかじりつき何とか落ちきるのを免れた朔夜の焦って泣きそうな声が追いかけてくるが、振り返ってはいけない。本能が警鐘を鳴らす。呼応し早まった心臓がドクドクと嫌な音を立てている。
先程まで朔夜が踏んでいた箇所には穴が開いていた。
マンホールや、地盤沈下等で生じたただの穴ではない。巨木にぽかりと開いた虚の様に、雨が降る田舎の夜の様に、べたりと質量のある純黒に満ちている。
ひらりと風に舞った花弁が穴に吸い込まれ――縁を通過した直後、塗り潰されたかのように消えてしまったのを見て。
穴に落ちた分だけ朔夜の身体が消えているのを見て、ぞわりと、恐怖が背筋を走った。
その恐怖は得体の知れないものがもたらす恐怖ではない。
そう、俺は『知っている』のだ。
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