1 四月十一日

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 ほんのひと月前まで、多くの家族がこの街で暮らしていたはずだった。それなのにあの日以降、ゴーストタウンになってしまった。港とともに発展してきた釜石市の人々にとって浜町や大町が生活の中心だった。今は山側に作られた避難所に移った彼らが再びここで暮らせるようになるまで、どれくらいの時間がかかるのか、私にはわからなかった。住居は高台へと移転することに決定し、ここには二度と住めなくなる可能性だってある。  それが三陸海岸の中程にある釜石市の現状だった。  明治や昭和……いや、それ以前からも含め、何度も何度も津波がこの街を襲ってきたが、ここまで酷いのは初めてだろう。おそらく今後の調査で、津波の遡上高も過去最高を記録するのではないか。  史上空前の大津波がこの街に暮らす人々を襲った。  一九六〇年のチリ地震以来、五十年ぶりに釜石を襲った大津波はそのあいだ人々が積み上げてきたもののほとんどを奪っていった。  心地よい風を感じ、私は公園へと視線を戻す。  まだ午前中のせいか、ここには誰もいなかった。  あの悲劇からひと月がたった今日、地震が発生した時刻には防災無線が流れ、黙祷を捧げることになっていたから、しばらくしたら誰かしらここに来るのかもしれない。  だが、今は私ひとり……ではない。  公園の真ん中で微笑んでいる仏様がいる。  薬師公園という名のとおり、ここには薬師如来の像が建っている。薬師様はおそらく今までに何度もこの街が津波に襲われるところを見てきたのだろう。  悲劇から目を逸らすともなく、常に静かな笑みを浮かべながら。  現実から目を背けることのできないつらさが、目を閉じることのできない残酷さが、私にも想像できた。  私は公園の中央に立つ薬師如来に手を合わせ、被害に遭ったひとたちに祈りを……いや、決意を捧げる。  祈るだけでひとは救われない。  祈ることで自分のこころを固め、決意を新たにする必要がある。あるいは死んだひとたちのを忘れないと心に刻み込む必要がある。津波で失われた多くの人々のため、そして津波に流されることなく生き残ってしまった人々のため、私にはやるべきことがある。  それを果たすことが自分の使命――そんな決意だった。  私もまた、津波で家族を失った人間のひとりだから。  津波に呑まれることなく、生きている人間のひとりだから。
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