1 四月十一日

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 一度地面に落ちた花びらが風で再び舞い上がる。  もうすぐ桜も満開だ。  ひと月前の、そのとき。  ここは津波から逃れようとするひとで溢れていたのだろう。高台へ避難して助かったひとがいる一方、一度は公園まで来ていながら上着を取るために家へ戻り、津波に呑まれたひともいると聞く。  そんな話を聞かされると、死と隣り合わせの生を実感させられた。そして、その境はただの運でしかない。ほかの街ならいざ知らず、リアス式海岸のこの街ではそれが事実だ。  この街で流された彼らの目に、桜の花が綺麗に映ればいい。私はそう願う。ここは釜石随一の桜の名所だ。津波に流されてしまった街中からも、高台にあるこの桜はよく見えるはずだ。  そんなことをぼんやりと考えながら、私はその場に佇んでいた。 「こんにちは」  突然、声をかけられ、私は驚いて顔を向ける。そこにはひとりの男性が優しい笑顔を浮かべながら立っていた。いったいいつの間にやってきたのだろう。誰かが坂を登る気配なんて感じなかったはずだったんだけれど。 「もしかして……田沢さんですか?」  その男性は私の名字を口にした。  そうか、このひとは。私は納得し、かつての記憶を蘇らせる。 「賢吾さん、ですね」 「はい」  カラスが頭上を飛び回る。地面に映る複数の黒い影。  それを見た途端、遠い記憶が蘇った。
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