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「劇団世界」が始まった日、それはある年の十二月だった。
俺、上野直樹は、ラウンジのホステスに恋をして、執拗に付け回すというストーカーをしていた。彼女の帰りの時間を待ち、後をつけ、彼女の自宅を割り出すと、平日は会社があるから無理だったが、休みの日には行きも帰りも彼女を待ち伏せては付け回した。
それは俺の性癖だったのだと思う。好きになった人にはまとわりつかずにはいられない。
だが、そうしていると、警察に口頭注意され、付け狙われるようになった。ケータイも盗聴され、部屋には隠しカメラをしかけられた。
そうこうしているうちに、職場にも、私服警官が大勢うろつくようになった。
それでも知らん顔してストーカーを続けていると、ある時から急に、周囲の何もかもが、俺に見せるためだけに、演技をしはじめた。実際に取り巻く現実も、ニュースも、それを俺に知らせてきた。
途端におかしなことばかりが起こり出した。いきなりパチンコ屋が潰れて高層マンションが立っていたり、居酒屋ではママが聞こえよがしに客の悪口を言う、それが元で派手な喧嘩が起こる。ニュースでは、殺されただの、死んだだのと。マジか、これ。というようなことばかり。そのたびに、後頭部に頭痛が走った。
正月休みに実家の山口県に帰ると、家族が異様だった。
スポーツ番組しか観せてもらえない。俺がニュースを観ようとすると、親父がチャンネルを変える。
親父もお袋も、俺に当たり障りのないように気を配って喋ったり動いたりしていた。
そして、明日、仕事場のある愛知県に帰ろう、という時になって、ついに言われた。
「明日、病院に行ってみないか?」
俺はその夜、逃げるために、三十キロ走った。仕事場のある愛知県に走って帰ろうと思った。
地元の山口県から、余裕で走って帰られると考えた。
結果は、途中挫折に終わったわけだが。
そして俺は医療保護入院をさせられ、自由を奪われた。
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