ファンシーな彼

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私たち2人だけの教室はやけに広く感じる。 前から3番目の席でひたすら補習プリントを埋めていく。 ページをめくる音に顔を上げると、久我くんの意外に大きな背中が目に入った。 空手部主将で関東大会で準優勝したこともある久我くんは、背が高くて細身のスポーツマンだ。 キリッとした眉毛が凛々しいとか。シャープな顎の線が精悍だとか。 野乃花のうっとりしたセリフを思い出した。 本当に人の印象って当てにならない。 男らしいイメージの久我くんがまさかあんな……。 「うわっ!!」 突然叫んで立ち上がった久我くんは、血相を変えて私のところに飛んできた。 「どうした?」 「ジ、Gが!!」 教室の前の入口のほうを指差す久我くんはどうやらGが苦手らしい。 仕方なく席を立って彼が指差す方へと歩き出すと、私の背中に隠れるように久我くんもついてきた。 「ああ、あれか」 近づいても微動だにしないGをローファーで踏んづけた。 「うわっ、指原さん」 その宇宙人を見るような目はやめてくれ。 潰れたGの残骸をティッシュで包んでゴミ箱に捨て、床とローファーの底をウェットティッシュで拭いた。 一件落着。 そのまま席に戻ろうとしたら、「せめて手は洗おうよ」と声がした。 「別に直接触ったわけじゃないから気にならない」と言えば、「俺が気になるから」なんて言う。細かい奴だ。 うちの高校は私立のマンモス校で、靴箱を置くスペースがもったいないという理由で校内でも土足だ。 廊下で手を洗って教室に戻ると、久我くんがチラチラと私のローファーを気にしている。 「あのさ。このローファーが今まで外でどんなものを踏んできたか考えたら、Gの1匹や2匹大したことないと思うけど」 腰に手を当てて言い放つと、久我くんの目に恐怖の色が浮かんだ。 「どんなものを踏んづけてきたんだ? とにかく、もう帰ろう。靴屋に行かないと」 「は?」 「ローファー。新しいの買ってやる」 「なんで?」 「この教室の中で、指原さんのそのローファーを見ていたくないから」 チッ。面倒くさい奴。 こんなことなら久我くんのスニーカーで叩き潰せば良かった。
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