第1章

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「好きな人がいるっていうから、付き合ってるの? って聞いたんだよ。そりゃ聞くよね? もし男がいるなら諦めもつく――いや、つかないかもしれないけど! 白黒はつけたいじゃないか、つけたいだろ?」 どうだか。 慎一郎は黙っている。 「そしたらさ!『いいえ、おりません』と彼女は即答したよ。いないって、そりゃおかしい。だって秋良ちゃん程の女の子が、思いを寄せて通じてないって変だろ、そこで、ぴーんと来た。『尾上か?』って聞いたら、彼女うつむいて黙っちゃって。あー、本当にお前のこと好きなんだと思ったらハラ立ってきて」 「何故だ」 「何故と問うかね? お前、自分の胸に手ェ当てて聞いてみろ! 三浦女史の一件がいい証拠だろ。女とっかえひっかえしてた奴なんか止めとけ! 君が不幸になるのは目に見えてる、諦めろ! 俺なら、君を放っておかない、泣かせない! って詰め寄ったらさ、――放り投げられちまったのさ」 秋良はか弱いようでいてさほどでもない。実は合気道の達人だ。一時は道場に熱心に通いつめていた。彼女がまだ学生だった頃、帰宅が遅くなる稽古の日などに、慎一郎は道代から稽古場までのボディーガードを命ぜられた。しかし、彼女には不要だったことだろう、稽古の結果はなぐらいの腕前だった。 宗像が言う「放り投げられた」は文字通りのことだ。 ぽーんと投げ飛ばされたと断言してもいい。 何故なら。慎一郎自身、彼女の手にかかって飛ばされた経験があるからだ。残念なことに一再ならずとは言えない回数を。
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