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「それは――災難なことだったな」
なるべく神妙そうな声で応じてみたものの、笑い声を乗せないようにするのに苦労した。
「さあ、俺の方は包み隠さず告白したんだから! お前も約束を果たせ」
「せっかくだが、今の話を聞いたら、これ以上、お前に恥はかかせたくないな」
「――恥ずかしいこと、したのか?」
「できれば、私の胸の内に収めておきたい」
「でも、カミさんも、秋良ちゃんも知ってるんだよ、な、な?」
また人のカミさんを名前で呼ぶかね。
こいつの細君をちゃん付けで呼んだら、どんな顔をすることだろう。
そんなことより、真実を告げる方が、こいつには堪えるか。
なので、あっさりと要望に応えてやった。
「自分は君が好きだった、と秋良に言った」
「うううう、そ、それで?」
「君とは結婚――」
「うわあああ、もういい、もういい!!」
宗像は悶絶する。
「カミさんにも聞かれたなんて、最悪だよ、もう……」
どうしよう、何か買って帰った方がいいかなあ、と40男が悩む姿は滑稽でもあり、哀れだ。
宗像は、君とは結婚できないと言ったんだが、彼は勘違いをしている。
まあ、勝手に誤解しているのだから、そのままでいいだろう。
折を見て本当のことを伝えてやってもいい。
今でなくても、気が向いた時に。
「お前は自分の仕事を片付けたまえ」
「そうする……」
これでしばらくはおとなしいだろう。
静かな宗像は彼らしくないのだが、少しばかり意地悪してもバチは当たるまい。
その日は終日、五月雨式にキーボードを打つ宗像の打鍵が、侘びしく室内に響いていた。
帰り際、彼はつぶやくともなく口にした。
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