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序章~プロローグ~
真っ白な空間。
天井も壁も床も全てが白く、どこか無機質な部屋で。
「またか――。」
感情の乗らないぽつりと呟かれた言葉が、どこにも反響されずに、空気中に溶けるようにしてただ消えていった。
その純白とも呼べるべき白い室内には、一点だけの黒が存在している。
その黒は、僅かな身じろぎを見せながらも、少しずつ床の上を広がっていた。
やがてそれは、放射状にいくつも延びる影を生み出して、蠢くようにただざわめく。
「面倒な――。」
そんなざわめきの中で、続けて呟かれた言葉は、幾分幼いものだ。
まるで、子供のような甲高い声。その声音と共に、影の中心では黒い塊が盛り上がっていく。
ぐにゃりっと。
程無くして、黒い物体が音を立て。僅かにその形を歪に歪め始める。
まるで、何かを形作るかのように、伸び縮みをしながら、試行錯誤を繰り返すかのようにして形を取った。
「こんなもんか?」
形作られたモノから呟かれたその声の主は、まるで人間のようだった。
しかし、先程よりも遥かに深い闇を纏うようにして、立体的に生み出されている。
そんあ漆黒に身を包んでいる『ソレ』は――一見するだけなら、フードのついた外套を身に着けた、幼い人間のようにしか見えないものだ。
――だが、言い知れぬ、異様な雰囲気を醸しだしている。
それは、フードから覗く黒き瞳の中を見れば、一目瞭然だった。
片目だけに、金と銀に輝く魔法陣が浮かんでいるのだ。普通の人間では有り得ない。
そんな姿形をし、しかしながら自在に動くその様――それは、誰が見たとしても、作り物だと思ってしまうものだ。
だが、そんな常識を覆すかのように、『ソレ』は白い面に、ゆっくりと笑みの形を刻み、クルリとその場で片足を軸に回った。
「へぇ?」
『ソレ』の呟きと、身体の動きに合わせて、ボロボロだった外套は見る間に修復されていき、ほぼ一瞬で、新品同様にまでその形を取り戻した。
ふわりっと。
『ソレ』が一回転して止まれば、その足元で、柔らかな裾が花のように広がる。
まるで、白夜の中に咲く、一輪の黒い花――。
その様を、『ソレ』は好奇心に満ちた瞳で、ただ見下ろしていた。
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