第11章 犬は迂闊に拾わない

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なんて言っても状況は目一杯ストレスフル、切羽詰まった場面だ。絶対に声や気配を外に気取られてはならない。見つかったら退学の可能性もある。千百合の場合はもっと深刻だ。下手したら接待を強要されている女の子たちと同じように写真を強制的に撮られたりすることもあるかもしれない。そんなこと学校がするわけない、と言ったって実際既にやっていることだ。口止めを考えたら当然思いつくことだろう。 そうこんこんと竹田には言い聞かせていたのに。あいつもいざとなったら自分の身を呈してでも千百合を逃す、と覚悟を決めたように神妙な表情を見せていたのに。まさかのそんな行動に打って出るなんて。 受け取ったデータを検証する限り、そんな事態があったことを伺わせるようなものは何もなかった。ペン型カメラの方はベッドサイドに置きっ放しの固定アングルだったし、千百合にもたせたミントタブレット型の方は彼女が操作していた筈だが、クローゼットの扉の僅かな隙間からことが始まるまでの次第が何とか撮れていたものの、本格的に始まると扉の外の床にそっと置かれたように天井を映すだけとなった。恐らくリアルな絡みの映像を手動で撮り続ける気がしなかったんだろう。音声があれば充分なので、特にそれで問題はなかった。 延々と続いた行為が何とか終盤に近づいたか、という頃合いで、千百合の手が再びカメラを拾い上げた。その時、僅かに 『ねぇ…、まだ』 というようなごく小さい甘い掠れ声が入り、千百合の声に 『…しっ』 と厳しく窘められているのが聴こえる。気づくか気づかないかの微かな音声だが、微妙な違和感があることは確かだ。二人の間に何らかのコミュニケーションがあって、それが不意に中断されたという様子だったが、声を低めた会話のやり取りだったか携帯の画面でも使った筆談だったか、せいぜいそれくらいしか想起しなかった。 まさかそんな緊迫した状況で女の子に手を出されるとは思いもよらない。自分がしないだろうからって、他人もそうだとは限らないんだ。自分を基準にすると危機管理を間違う、とつくづく思い知らされた。 思えば二人の初対面の時から竹田には苛つかされていた。千百合に向かって手を入れれば良くなるのに勿体ない、などと無神経に言い放ちさっさと連れ去ったのには本当に余計なお世話だな、としか思わなかったし。
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