第11章 犬は迂闊に拾わない

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そのうんざり顔から察するに、きっとその内容はセクハラに近いあからさまなぶっちゃけようのものに違いない。俺はつい訝る。 「そんな話、何で板橋さんに?あいつ、男の友達いないのか?」 板橋の顔に人の悪そうな笑みが浮かんだ。 「違うんだよ。それがさ、下手に男にそんな話聞かせてちゆに変な気起こされるのが嫌なんだってさ。全く、ダンナ妬くほど女房もてもせず、だよね。かといって女の子に手当たり次第聞かせるような内容でもないし。ちゆの親友なら聞いてくれるだろ、とか泣きつかれて。かくしてあたしはあの子がその時どんな風にいいか、延々あいつの口から聞かされる羽目に」 「あー、あの。…俺ももういいや」 俺は話もそこそこに遮った。もうそれだけでお腹いっぱいだ。具体的な話は絶対に聞きたくない。 千百合だって俺にそんな話は聞かれたくないはずだし。 そこまで考えたところで俺は高いところの千百合に再び目をやり、気を取り直してメイク室に向かった。ひとつ有難いのは今回の公演では、竹田の奴と俺はグループが離れたことだ。竹田の方は千百合と同じグループがいい、と渋ったらしいが、彼女はとにかく引きがあった方に行け、と奴を追い立てたらしい。ナイス判断。 おかげでメイク室であいつと顔を合わせなくて済む。俺は少し深くため息をついてその場を離れた。 一方で俺たちの間に全く性的な要素はない。男女間であることを感じさせない、きれいなものだ。 別にそれに不満があるわけでもない。今の彼女との距離感は嫌いではない。つかず離れず、べたついたところはないが会わない時間がどれほど空いても顔を合わせればすぐにすっといつもの空気に戻れる。あまり多くを語らなくても何となくそばにいるだけで親密なものを感じられる。異性だけどそれは重要ってわけでもない。何というか、同志とかパートナーのような。 ひとつ問題があるとすれば、異性であることを感じさせまいとする余り、彼女が俺の前で性的な要素を出すことをあまりに嫌がることかもしれない。普段はまあそれでもいいが(でも、竹田の野郎が彼女のその繊細な気配りを一瞬で台無しにする、いつも)、例の失踪騒ぎの時にはそれが致命的に裏目に出た。被害がセックス絡みだったので、彼女は俺に助けを求める気にどうしてもならなかったらしい。 「立山くんに聞かせたくなかった。こんな汚い話」
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