第11章 犬は迂闊に拾わない

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無念そうにそう呟く千百合が可哀想で、初めてぎゅっと抱きしめたくなったほどだ。まあ電話だったんだけど、その会話は。 そこそこ芸能界でキャリアもあるせいで、業界の汚い噂が耳に入るのは事欠かないし、そんなに気にされるほど俺もクリーンな人間でもないんだけど、何より自分の性的な部分を想起されるのが嫌なんだと言う。 「変にリアルな想像したりしないから。あんまり気にする必要ない」 「それはわかってるんですよ、立山くんがそんなこと考えないって。…でも何だか、見栄はっちゃうんだよね。そんなことと無縁な、涼しい顔していたいの、いつも。まあ子どもっぽい願望ですよ」 馬鹿だなぁ、と相槌を打ちながら内心わからなくもない自分がいる。俺も今でこそあまり千百合に知られたくない行動はしてないが、高校生の頃は正直酷かった。そういうものが幾らでも手に入る、という状況と慣れない世界でのストレスと急激に売れたプレッシャーが重なって、手当たり次第だった時期がある。あまり詳しく思い出したくはないが。当時マネージャーはその後始末に右往左往したみたいで、今でもふと思い出したように、それにつけてもあれは酷かった、と蒸し返してくる。そうやってねちねち復讐してるのかもしれない。 あの分だとそのうち俺のいないところで彼女にその話を吹き込みそうだな。それを思うと心底うんざりする。そんなこと全然したこともない涼しい顔した自分でいたい。多分これが彼女が俺に対して抱いてる気持ちに近いんだろう。そう考えると腑に落ちる。 俺たちが互いに抱いてる感覚はほぼ同じようなものなんじゃないだろうか。将来の自分に向かって、少し距離を置きつつも並んで歩いているような。一緒に前に進んでる感じ。隣を見るといつもそこにいる、安心できるけどふわっと心の浮き立つ相手。 でもそれだけなら竹田の言動にいちいち苛立つ自分の心理は説明しきれない。竹田が彼女に触れたり抱きしめようとする時、微妙にこっちを気にして目を合わせない千百合の気持ちも。 同性同士の親友とは全然違う。やっぱり、俺と彼女が男と女であることを時折否応なく感じさせられる。俺がそんな気ないんなら、彼女が誰とどうなったって構わないじゃんって思えない。…やっぱり、それは嫌だと感じてしまう。不条理な気もするけど。 そして、千百合の方も何となく俺の不快を察知してるようで、できるだけそういう面を隠すようにする。
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