第11章 犬は迂闊に拾わない

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どこか疚しそう、といったら言い過ぎか。 ただでさえそんな風に言葉にできない微妙さのある関係なのに。最近もう一つの要素が加わった。 まあ、そっちに関してはあまり深く気にする必要はないのかな、と思うけど。相手は大人も大人、酸いも甘いも知り尽くした三十歳年上の男だ。多分碌に恋したこともなかった初心な二十歳の娘が人目も憚らず目をきらきらさせていたからって舞い上がって血迷うようなこともないだろう。一般的な五十歳についてはともかく、あの人ならまず大丈夫だろうとは思える。 しかし。俺はそこまで考えて内心苦笑する。彼女の恋心を独占している人物に対しては平静でいられて、その身体を独占してる男に対してはかりかりしてるなんて。それじゃまるで、俺が深層心理で欲してるものはそっちみたいだな。 まあ瀬戸さんに関しては、まず千百合の気持ちに彼が応えることはないだろうと予想できるから落ち着いていられるだけかもしれないけど。 ただ、彼女の身体に対しても自分で考えたいほど無関心じゃない可能性が高いかもしれない。この公演が終わった後、プロの舞台公演で一緒になる時間が増える折でもあるし、その辺はちゃんと自覚して自分を律した方がいいだろうな、と俺は改めて気を引き締めた。 今回は客演なので、俺は舞台に出ずっぱりではない。その割に印象的な役をもらってしまい申し訳ない気がするが、あまり練習に顔を出せない関係もあって出番は短くしてもらった。早々に袖に引っ込む。…ああ、終わってしまった。少し物足りないくらいだ。 「…立山くん。お疲れ様」 板橋がすっと近寄ってきて、パサっとタオルを手渡してくれた。確かに、ほんの少しの出番だった筈なのに思いの外汗をかいている。短い時間でも重要なシーンなので集中していたのと、きつい照明のせいだろう。 「ありがと。気が利くな、さすが」 今回の舞台美術監督を労う意味も込めて礼を言うと、ちょっと眩しそうに目を細めて板橋は照れくさそうに答えた。 「いや、このタオルはちゆからだよ。立山くんに渡してほしいって」 何だそりゃ。 「何であいつ、自分で持ってこないんだ?今手が離せないの?」 当然の疑問を口にすると、板橋の顔に何とも言えない含み笑いが広がった。どういう意味の表情か。 「今とっても立山くんの前に出られないってさ。あたしにこれを渡して自分はどっか人目につかない場所に引っ込んだよ」
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