第11章 犬は迂闊に拾わない

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「…何故だ?なんかあったの?」 板橋の面白がるような表情からしてそんなわけないとは思うが、なまじ前例があるだけにあいつの身に何かあったのか、と反射的に冷やっとする。 板橋の言葉に俺はますます混乱した。 「人前に出られる顔じゃないって、今。あの子さぁ、ガチに立山くんのファンなんだね。前回の舞台の時びっくりしちゃったよ。もう目が全然違う、いつもと。すっごいきらきら輝いて、うるうるしててさ…、いや、あれはマジやばい。男が見たら速攻押し倒したくなりそうな顔してた」 「どんな顔だよ!」 正直上手く想像できない。大袈裟に言ってるにしても、どんな状態だ、一体。 「本人が言うには、立山くんが舞台で全開になるとファンの本能が全開になっちゃうんだって。普段はファンのスイッチ切ってるんだって弁解してたよ。…いや、立山くんの授業を覗くんだって三階の窓の高さまでするする木を登ってった時も全然あんな感じじゃなかったからさ。ファンってったってどんだけかって思ってたら」 「俺もだ」 意外さにちょっと呆然としてしまった。彼女と初めて会った時、俺の授業風景を見てみたいって動機で木をよじ登った、と本人に申告はされたけど。 「むしろ、手頃な木があって登りたかったからって方が優先だったと思ってたから」 「ね、あたしもだよ。とにかくあの時はさ」 同意してみせる板橋だが。 「あの時のこと、知ってるんだ。板橋さん」 「当然。だってあたし、下にいたんだよ。藪にあいつが落ちた時のもの凄い音を、通りがかった先生に『野生のニホンザルが今、上から落ちてきました』って誤魔化してやったのはこのあたしなんだから」 思わず声を抑えつつ爆笑しかけた。野生のニホンザルとは言い得て妙だ。結構あれ、可愛いし。実は。 「まあそんなわけだからさ。普段は頑張って同級生としての態度を心がけてるあの子の意地を汲んで、ファンとしての表情については見逃してやってよ。きらきらの憧れ全開の顔は見られたくないんだって。スイッチ切れたら何でもない顔して平然と戻ってくると思うけど、立山くんも何もなかったふりして接してやってね。あたしがいろいろ言っちゃったことは内緒でね」 「うーん、まぁ。…わかった」 俺は言葉を濁しつつ頷いた。そんな風に口止めされても。何も聞いてない状態には戻れないんだけど…。 千百合が俺のファンだ、って要素については重要だって認識があんまりなかったから。
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